出生証明書を25年待ち続けた無国籍の南アフリカ人男性に、安堵の声

テボゴ・コザさんが身分証明書の発行を拒否されてから数年後、高等裁判所の判決によって権利の回復が実現し、何百万もの他の正規の滞在許可証をもたない南アフリカ人に希望をもたらしました

公開日 : 2024-03-19

プレトリア(南アフリカ共和国)2024年2月22日 ― 南アフリカのリンポポ州で、猟場番人をしているテボゴ・コザさん。彼の土地と野生動物に関する知識は、自身の生活と安全を確保するための鍵となっています。イスターバーグ山脈のふもとにある保護区でバッファローやインパラの世話をしているコザさんは、自分の人生の大半否定されてきた帰属意識を感じています。

昨年25歳の時、ゴザさんはついに南アフリカの内務省より出生証明書が発行され、10年の戦いを経て南アフリカ市民と認められたのです。

ムプマランガ州のクルーガー国立公園のはずれで生まれたコザさん。6歳の時に、HIV(ヒト免疫不全ウイルス)を患っている母がサンゴマ(伝統的な治療師)から治療を受けるため、リンポポへ旅立ちました。数週間経っても母が戻らなかったので、ゴザさんは祖母と一緒にサンゴマの家に行くと、母が亡くなっていたことがわかりました。「母が出てくるのを、祖母と待っていたんです」と、彼は振り返ります。「でも、母は二度と戻ってきませんでした。」

父親も知らないゴザさんは、母なしでムプマランガ州に戻ることが嫌で、児童養護施設に保護されることになりました。

「出生証明書もなかったですし、自分の誕生日も知りませんでした。私が13歳か14歳くらいのとき、内務省に書類を手に入れたいと訴えたのですが、その時に祖母も身分証明書を持っていないことがわかりました」とゴザさんは語ります。

アパルトヘイトがもたらしたもの

南アフリカの高齢の人々が戸籍をもっていないことは一般的で、アパルトヘイト(人種隔離政策)時代に白人だけに市民登録と出生登録を義務づけた政策がもたらしたものです。その結果、彼らの子孫はしばしば身分証明書を入手することが困難となり、無国籍となってしまうのです。

内務省がコザさんの家族の国籍を調べるために自宅を訪ねたとき、彼らはエスワティニ(旧スワジランドで知られている)出身のため国外退去させるべきだと主張し、彼の祖母、叔母、叔父を逮捕しました。「スワジの国境まで連れて行かれましたが、国境警備隊は予防接種の痕から私が南アフリカ出身だとわかってくれました」と彼は振り返ります。

18歳になったゴザさんは児童保護施設を出て近くの狩猟保護区で働きましたが、戸籍がないことで仕事を失ってしまうのではないかと常に恐れていました。熱心なスポーツマンだったため、地元のラグビーチームの選手に選ばれましたが、身分証明書がなかったため、ラグビーリーグで勝ち進むことができませんでした。彼はトレーニングを続け、近くの炭鉱の町タバジンビへ続く赤土の道を1日10キロ走っていました。そうすることで戸籍を手に入れる希望を失いかけ、追い詰められた不安を解消することができました。

恋人と知り合った時も、無国籍であることは彼らが正式に結婚できず、子どもを持った時もゴザさんの名前を子どもの出生証明書に載せられませんでした。彼は法律上、見えない存在なのです。

希望を与える出来事

世界では、数百万もの人々が国籍をもっていません。その結果、彼らは学校に行くことも、医療機関を受診することも、就職することも、銀行口座を開設することも、家を買うことや結婚することすらできないのです。国連の「#IBelong」キャンペーンでは、10の行動から構成される世界的計画を通じて、無国籍をなくすことを目指しています。このキャンペーンが今年終了となるため、UNHCRは政府、国連機関、地域団体、市民社会組織、そして無国籍の人々が率いる団体などと連携したプラットフォーム「無国籍者根絶のためのグローバルアライアンス(国際同盟)」を立ち上げ、一体となって無国籍をなくすための共同宣言を共有しています。

UNHCRのパートナー団体である「人権のための弁護団」が、ゴザさんの訴えを擁護してくれることになり、昨年ゴザさんはプレトリアの高等裁判所での審問に呼ばれました。判決では、内務省がゴザさんへの援助を拒否したことについて「反抗的」で「融通が利かない」と判断し、ゴザさんが出生証明書と市民権を取得できるよう言い渡されました。

「身分証を手に入れたとき、私の人生はもう大丈夫だと思いました」
テボゴ・コザさん

この判決は、南アフリカの法律で無国籍の場合に適用される証明基準を初めて明らかにしました。裁判所は、個人に法的身分と市民権を得る権利があるかどうかを決定する際の立証責任は、申請者と決定者の間で分担されるべきであり、また申請者が無国籍で証明書類が不足する場合は、低い証明基準が適用されるべきであるというUNHCRの提言を採用しました。コザさんは、自身のケースが他の南アフリカ人に希望をもたらすことを望んでいます。南アフリカでは、世界銀行の統計によると1530万人が無国籍であると推定されています。

アパルトヘイト時代の政策のなごりに対処するため、内務省は出生後数年が経過しても出生登録ができるようにしました。同省の旅行書類・市民権担当副局長のリチャード・シカカネさんは 「内務省は、国民の出生登録増加に取り組んでおり、また弱い立場にある人々が取り残されることがないように、指針の改定に取り組んでいます」と、語ります。

「身分証を手に入れたとき、私の人生はもう大丈夫だと思いました」と、コザさんははにかんで言います。しかしこの決定で、彼は複雑な思いを抱いています。「確かにうれしいと思ったのですが、同時に怒りも湧きました。身分証がないまま何年もたってしまったことで、多くのものを失ってしまいました。違う人生を歩めたかもしれないとも思いました。でも、少なくとも今は、扉は私に開かれています。」

コザさんと恋人の女性は、結婚し息子の出生証明書にコザさんの名前を追加することを現在計画しています。「私は自分の経験から、出生証明書に両親の名前があることの重要性を知っています。息子には私のように育ってほしくないですし、自分の存在を証明するために戦いを強いられるなんて嫌なんです。」

6歳の息子は、お父さんと同じように走るのが速く、いつか南アフリカの代表チーム・スプリングボクスでラグビーをすることを希望しています。少なくとも彼の家族3世代で初めて、彼は国籍がないことが足かせとならない人生を送ることになるでしょう。

Laura Padoan

原文はこちら(英文)
Relief for stateless South African man after 25 year-wait for a birth certificate


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