From the Field ~難民支援の現場から~ With You No. 51より / 本田悠平 UNHCRジュネーブ本部 水衛生担当

公開日 : 2024-06-05

UNHCRジュネーブ本部
本田悠平(ほんだ ゆうへい)

私は、小中高と野球をしていてそれほど勉強熱心ではありませんでした。高校卒業後は鉄道会社に就職し、石川県金沢駅の駅員になりました。観光地なので外国人も多く、海外に興味を持つようになり、「もっと勉強したい」と、20歳で大学に入りました。
水の仕事に関心を持ったのは、貧富、文化、地域等の違いに関係なく誰もが必要で、どんな人にも役立つ仕事だと考えたからです。民間企業で勤めた後NGOに入り、スーダンで水衛生事業を3年間担当。その後大学院で公衆衛生を勉強し、ユニセフを経てUNHCRに入りました。勤務地は首都から車で約7時間、1万5千人が住むジンバブエのトンゴガラ難民キャンプです。

本田職員
南部アフリカ地域水衛生職員向けの研修にて

スーダンで働いていたNGOの宿舎にはUNHCR職員も住んでいて、UNHCR事務所の食堂によく食べに行ったのでUNHCRは近い存在でした。当時から、「気さくで冗談好き、地に足の着いた話をする人たち」という印象でした。
首都に事務所を置き、難民キャンプには出張で行くだけの機関もありますが、UNHCRは違います。UNHCRは難民のいる周辺に必ずいて、「現地に職員がいる」「現地の意思決定を尊重する」のが特色です。同僚たちが「難民や困難を抱える人々を守るために自分たちはここにいる」などと話すのを聞き、UNHCR職員の持つ難民支援への情熱を感じました。

トンゴガラ難民キャンプは砂漠にあり、暑くて乾燥し40度を超える日もあります。夜は毒ヘビに要注意です。かまれたら1時間以内に解毒しないと死亡します。毒グモもいて、寝室で見つけ肝を冷やしたこともあります。

私の職務である「水衛生担当官」は、上下水道の整備・運営、ごみ処理、環境対策、エネルギー活用、気候変動対策などが仕事です。例えると“人口 1万5千人の町役場の上下水道環境課“のような感じです。キャンプでは、6つある太陽光発電ポンプで地下水をくみあげ、約50か所のタンクに送ります。給水所の蛇口をひねると、タンクから水が重力で流れてくるという仕組みです。
トイレは、地面に穴を開けコンクリート等で床を作る、いわゆる「ぼっとん便所」を作る支援です。UNHCRは清潔で安全な水の供給を重視し、トイレ普及、ごみ処理、手洗いなど衛生的な行動の推進と合わせ、感染症対策に取り組んでいます。

圧力測定装置を設置する様子
上水道パイプに圧力測定装置を設置(研修の一環)

私の宿舎はキャンプのそばで、一歩外に出れば難民がいて、彼らの中に住んでいる感覚でした。支援している人々と話ができ、活動へのフィードバックをすぐもらえてやりがいがありました。
困っている人への迅速な対応がしやすい反面、うまくいかないと批判され、矢面に立たされます。週末も夜も関係なく、ポンプが止まったり配管が破裂したり、「水が出ない」となるとすぐ対応を迫られ、気が休まらない部分はありました。

UNHCRはジンバブエで、気候変動に関する様々な取り組みを行っています。
1つ目は「気候変動への適応」です。 気候変動に強い作物を育てたり、少ない水で栽培できる仕組みを作っています。例えば、用水から水を一気にひかずに、少しずつ水滴をたらして作物を栽培する灌漑(点滴灌漑)です。水をそれほど使わずに栽培できます。
また、以前は地下水を持続して使うという発想があまりなく、水をあるだけ汲み上げる、となりがちでしたが、地下水位は汲み上げすぎると低下する可能性があるので、井戸に遠隔測定装置を取り付けてデータを取ることで、地下水位のモニタリングを行っています。

本田職員
バイオガス生産装置を設置している様子

2つ目は、「気候変動の緩和」です。
以前は給水ポンプをディーゼルエンジンで動かしていましたが、この3年で太陽光発電へ切り替えてきました。また、キャンプには難民が管理している豚舎があり、豚の排泄物からは温室効果ガスが出るので、排泄物を回収・処理しエネルギー(バイオガス)として再利用する装置を導入しています。あとは、難民が料理のために木を燃やさないように燃料を提供したり、難民が主体となった植林活動も行っています。

これまでの活動で印象に残っているのは、キャンプでレストランを営む難民の男性です。キャンプ内のスポーツ協会の役職にも就き、充実しているかに見えた彼が、ある日「ここには人生がない」とこぼすのです。私は自分の意志でキャンプに来た一方、彼は私と同じくらいの年でやむなくキャンプに来ています。それから15年が経つのに、いつ帰れるか分からない。返す言葉がありませんでした。
他方、キャンプで会った小学生の子どもたちも印象的でした。求められて握手をしたら、私の手をぺろっとなめて、わーっと逃げて。キャンプでアジア人は私だけだったので珍しかったんですね。「そうやって確かめるんだ!」と、味で違いを確かめようというその好奇心がおもしろかった。
彼らには悲壮感や虚無感はなく、未来を感じました。

私は、不条理にも「難民や国内避難民になる」という選択肢しかなかった人々の役に立てればと考えています。私はたまたまそうではなかっただけだと感じています。
日本に、世界の難民へ思いをはせてくださる方が多くいることは励みです。
日本の支援者の皆さん一人ひとりにも、家庭や仕事、人間関係、震災など、いろいろなご事情があると思います。大変な中でも、世界のことを考え応援してくださる皆様に、「どうぞお元気でいてください」とお伝えしたいです。

プロフィール

富山県出身。JR西日本、荏原製作所、AAR Japan、ユニセフで勤務ののち、2022年よりUNHCRジンバブエ難民キャンプ事務所、2024年よりジュネーブ本部で水衛生分野の支援を担当。早稲田大学卒、ロンドン大学衛生熱帯医学大学院修士課程修了。

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