特別インタビュー 立命館アジア太平洋大学学長 出口治明さん

80億の人がいる。僕たちはみんなチームメイト。ひとりひとりつながっていて、みんな幸せなら僕も幸せ。

公開日 : 2023-01-11

出口治明立命館アジア太平洋大学学長(写真提供:APU)

出口 治明(でぐち・はるあき)

1948年三重県生まれ。1972年京都大学卒業、同年日本生命に入社、2006年退職。2008年ライフネット生命を開業。2012年上場。社長・会長を10年務める。国際公募で推挙され、2018年1月に立命館アジア太平洋大学(APU)第四代学長に就任。同大学初の民間出身の学長となる。

2017年秋からシリア難民学生を受け入れてきた立命館アジア太平洋大学(APU)。現在同校ではウクライナからの避難民学生も学んでいます。その受け入れのベースとなっているのは約6千名の学生のおよそ半数が海外からの留学生という国内有数の国際的環境とグローバル教育です。現在同大学学長として国際人の育成に注力する出口治明さんは1万冊以上を読破した稀代の読書家でベストセラー多数の著述家。出口さんにお話を伺いました。

まず人間として
世界の人間としてどうか

―― 出口さんは今の日本について「困難な時代」と感じておられますか?

短い目と長い目がある気がします。かつて日本のGDPは18%ありましたが、この30年間で見たら5%のシェアしかない。今や日本のGDPはG7の中でいちばんビリ。 ですから短い目で見たら大変な時期。一方、日本の人口は世界のせいぜい5%。でもその5%の人口に対して日本のGDP は今でも5%ある。だから歴史的に見れば、長い目で見たらそう悪くないんです。この2つの見方ができると思いました。

―― 「世界的な視野を持つ」意義はどのようなところにあるでしょうか?

物事は『タテ』と『ヨコ』で考えると明確に見えてきます。『タテ』は時間軸、歴史軸。『ヨコ』は空間軸、世界軸。タテとヨコで考えるとは、時間軸・空間軸という2つの視点、二次元で考えるということです。

世界的な視野を持つとは『ヨコ』の視点で考えることです。例えばAPUには約6000名の学生がいます。日本人学生と海外からの留学生がおよそ半々。日本という国だけでみると学生数は減っていますが、世界を見れば人口は増え続けています。だから僕は大学の将来について楽観的になれるのです。

或いは日本経済の低迷。新たな産業の牽引となるべきユニコーン企業※1が日本からなかなか生まれないことが根本的原因のひとつです。学者によるとユニコーン企業が生まれるキーワードは女性・ダイバーシティ(多様性)・高学歴だそうです。

※1:ユニコーン…未上場ながら投資家などから高い評価を受け、企業価値が10億ドル以上に達した新興企業を指す。(出典:日本経済新聞ウェブサイト 2022年9月18日付記事)

ところが例えば日本はデータで比較すると先進国の中でずばぬけて男女差別が激しい。日本も他の先進国同様、産業構造の比重がサービス業へとシフトしています。そのサービス業における購買の主体は女性です。日本の産業を発展させるためには、日本社会の仕組みそのものを見直し、男女差別を変えていかなければいけないのは明白です。このように世界を視野に入れると、日本社会の改善点、もっと良くなるところが見えてきます。

出口学長とAPUの学生たち
2022年4月、APU入学式にて。出口学長とAPUの学生たち。出口学長は2021年1月に脳卒中で倒れるも、リハビリテーションを経て2022年4月から学長職に完全復帰。(写真提供:APU)

現在、APUには北海道から九州まで日本全国から日本人学生がやってきます。そしてAPUでは世界で働ける人材を育てています。『世界のことはどうでもいい』と言うような日本人学生は殆どいませんし、実際に卒業して世界で働いている日本人の卒業生がたくさんいます。

APUは世界に開かれた大学でありたいと考えています。『日本人である』ということをいったん全部忘れて、まず人間として、ひとりの若者として、世界の人間としてどうか。それを踏まえた上で日本人としてという考え方が来るのです。

―― もし周りに「日本のことだけ考えれば良い」という人がいたら?

そうですね、僕は議論しますね。議論をしてわかることがたくさんあります。知識を得ることによって人は変わる可能性があるのです。無知でいるということはかなり恐ろしいことです。それまでの自分の経験からの思い込みや固定観念ではなく、数字やファクトの裏付けを知って、それを使って考える。ロジックに基づいて理解する。世界をあるがままに受け入れる勇気を持つことによって、人は成長できるのだと思います。

「もし大切な友人がウクライナの人だったら」
と考えるとおのずと目が開かれていく

―― 色々な方々に難民問題に関心を持っていただくにはどうしたら良いと思われますか。

皆さん、難民が大変だということは頭ではわかっておられるでしょう。でも、もし大切な友人がウクライナの人であれば。或いは恋人がアフガニスタンの人だったら。感じ方は全く違うのではないでしょうか。

仲間と談笑する出口さん
1970年代半ば、英国にて。現地の語学学校の仲間と談笑する出口さん。 (右から4番目・水色のシャツ)(写真提供:出口さん)

例えばAPUにはインドネシアからの留学生が200名ほどいます。その約半数は女性。彼女たちはヒジャブと呼ばれるスカーフをかぶっています。今までインドネシアの人と接したことのない日本人学生が18歳でAPUに来て最初は「あれ?」と思う。でもそれは一瞬のこと。やがてインドネシアの習慣や宗教を学び、触れ合っているうちに自然になるのです。

難民ということから入るより、まず色々な国の人と友達になる、そこから自然と他国の文化や宗教に触れる。すると心が開かれ育てられていく。おのずと目が開かれていくのです。そうすれば、世界で起こっている難民問題にも深い関心を持つようになるのではないでしょうか。

難民も僕も故郷に帰りたい
その気持ちは一緒

―― 1200以上の都市を訪れた中で難民と出会ったことは?

コロナ禍の前、毎年のように世界を旅していました。難民は今やおよそ世界の80人に1人。僕も旅先で難民と出会うことがありました。

2015年にロンドンを訪れた時のこと。ホテルで働いている人のネームプレートがふと目に止まり、『どこの国から来たの?』と話しかけました。すると彼は『シリアから避難してきて今はここロンドンで働いている』と身の上を話してくれました。

―― お話してどのような気持ちを持たれましたか。

やっぱり難民も僕も故郷に帰りたい。その気持ちは一緒だなと感じましたね。

『人類が存在している』:『人類がいなくなる』=【51:49】
僅差で勝利できればいい

―― 「難民支援をやってもキリがない。無力さを感じる」というご意見をいただくこともあります。

選択肢が2つあります。ひとつは『人類がいなくなる』もうひとつは『人類が存在している』。どちらがいいですか?

―― 『人類が存在している』でしょうか。

『人類が存在している』:『人類がいなくなる』=【51:49】。僕は物事はこれ位の僅差で勝利できればいいと思っています。人類が目指す方向としても僅差として勝っていけばいいじゃないかと。難民問題は解決が非常に困難でしょう。しかし難民支援も『やってもやってもキリがない』と諦めてしまったら『人類がいなくなる』方になってしまうと思うのです。トータルで勝ち越すために一歩一歩努力する。諦めずに少しずつ進むのです。

歴史を振り返ると100人中99人は失敗しています。しかも行動の結果は後の時代にならないとわからないことが殆どです。でもだからといって諦めなかった1%の人がチャレンジして成功してきたからこそ、今私たちの生きている社会が成り立っているのです。

人間として最も大切なことは次世代を育て、次世代にきちんとバトンタッチすること。ひとりの人間にできることは小さいかもしれない。でもそれが世界にどんな影響をもたらすかは誰にもわかりません。だからこそ、今の自分にできることに少しずつ取り組んでいく。チャレンジし続けることこそ尊いと僕は思います。めげる必要など全く無いのです。

―― 出口さんは人のこともご自分のことも世界のことも諦めない方だと感じます。そのポジティブさはどこから来ているのでしょうか。

ポジティブさのもとは『人類がまだ生きている』ということ。それが全てです。

人類5千年の歴史の中で
「難民」という概念は極めて新しい

―― 今とりわけ関心を持っている難民問題とか地域はありますか?

これは地域というより友達の数に比例します。

そもそも人類5千年の歴史の中で『難民』という概念は極めて新しいものです。『難民』とは19世紀に国民国家というものが成立し、国境を管理するようになって初めて生まれた概念なのです。国家は『想像の共同体』※2です。例えば僕たちは『日本国民』という想像の共同体。極論を言えば実態は無い。想像によってつながっているのです。

※2:想像の共同体…「国民はイメージとして心の中に想像されたものである」ベネディクト・アンダーソンによるナショナリズム研究の古典。(参考:『定本 想像の共同体 -ナショナリズムの起源と流行』ベネディクト・アンダーソン<書籍工房早山、2009年>)

―― 国自体が『想像の共同体』と思うと見方が変わりますね。

(笑顔で大きく頷く)もともと『難民』はいませんでした。例えばモンゴル高原に『突厥(とっけつ)』という国が552年にできましたが、彼らはテュルク系の遊牧民族で東アジアから西欧にかけての地域で長い間移動を繰り返していました。今のトルコ共和国ですね。歴史を紐解くと、人類は地球上を自由に移動する存在で『難民』と言う概念は必要無かったのです。

もうひとつお伝えしたいのは、歴史的に難民のように外から来た人々を受け入れた社会が栄えてきたということ。社会が発展していくために『ダイバーシティ』も大きなキーワードとなっているのは史実が証明しています。あと、難民が受入先の社会に馴染むためには語学の習得は不可欠。難民には様々なサポートが必要です。

他の人の幸せを考えることが
自分の幸せにつながっている

―― 出口さんは「難民のことを思う」生き方についてどう思われますか?

地球上には80億の人がいる。僕たちはみんなチームメイト。みんなが80億のひとり。ひとりひとりつながっていて、みんなが幸せなら僕も幸せ。他の人のことを考えることが自分の幸せにつながっている。身近な人のことを思うのと同時に、世界80億の視点で色々な人の幸せを考えるということ。それも自分の幸せにつながると僕は思います。

―― ところで出口さんでもめげることはおありですか。そのようなときはどう立ち直っておられるのでしょうか。

(笑)あるにはあるけど心配しても仕方ないから寝る(笑)。落ち込むことがあったら、仲の良い人達とおいしいものを食べて、笑って、あとはぐっすり寝れば悩みの7割は解消されます。真面目に考えすぎると不幸の元です。いったんクリアにしてまた翌日からスタートする方が良いのです。そして何事も体力が大切です。

立命館アジア太平洋大学のキャンパス
(写真提供:APU)

【立命館アジア太平洋大学(略称:APU)】
「自由・平和・ヒューマニティ」「国際相互理解」「アジア太平洋の未来創造」を基本理念として2000年に開学。キャンパスは大分県別府市。『THE 世界大学ランキング2022日本版』において「国際性」全国1位の評価を受けており、国内有数の国際的環境・グローバル教育は多方面から熱い注目を集めている。

2023年4月「第2の開学」と位置づける3つ目の学部『サステイナビリティ観光学部』新設を予定している。米スタンフォード大学が「サステイナビリティ」を冠した学部を開設したことは記憶に新しいが「サステイナビリティ」と「観光学」を組み合わせた学びができる国内唯一の学部である。

(2022年10月7日・オンライン取材/ 聞き手・構成:国連UNHCR協会)

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