安全を求めてジャングルの荒野に挑む中南米の難民、移民

ダリエン地峡のジャングルは、ベネズエラ人、ハイチ人、その他の避難を強いられた人々の中継地となりつつある

公開日 : 2022-04-04

ダリエン地峡のジャングルを歩く時に履いたゴム長靴のせいでできたマリアナさん*の脚の靴擦れは、すぐに治るでしょう。しかし、中南米を隔てる熱帯雨林に覆われた山々で耐えた悲惨な体験による目に見えない傷が癒えるには、もっと長い時間がかかりそうです。

メテティ(パナマ)2022年3月29日 ― 5日以上の疲弊する日々、マリアナさんは、ありえないほど急な泥の丘を登り、急流を渡り、そして武装した山賊に言い寄られました。彼女は、南米をはじめとするさまざまな国から、安全、保護、そして家と呼べる場所を求めて、荒れ果てた荒野を勇み進む難民や移民の流れの一部なのです。

南米ベネズエラの情勢不安から逃れる人々

中南米パナマダリエン地峡付近の地図

最初、マリアナさんは母国ベネズエラからコロンビアに逃れ、国境の町ククタ、そして首都ボゴタに身を置こうとしました。しかし、彼女は、ベネズエラに戻って両親と6人のきょうだいを、見つけられた雑用の仕事で必死に支えました。

「私たちにとって、安定した仕事を見つけるのは用意ではなく、あっても十分な報酬が得られません」と彼女は言い、多くの同胞がこの地域の他の場所であまりうまくいっていないようだ、とも付け加えました。食料や医薬品の不足が深刻化し、自国の情勢が悪化する中、ベネズエラ人600万人以上が国外で生活しています。ベネズエラ人約260万人は南米各国で滞在許可証やその他のビザの恩恵を受けていますが、国外に住むほぼ同数の人々はそのような書類を所持していません。

書類を持っている人でも、尊厳のある生活を再開する機会は多くありません。南米諸国でも安定を見出そうと奮闘していますが、新型コロナウイルス感染症のパンデミックによる大きな経済的負担と相まって、北上するハイチやキューバ等からの難民や移民に加わり、多くの人々が危険な旅に出ざるを得なくなっています。

パナマ当局によると、荒れた地形と危険な状況にもかかわらず、2021年だけで13万3000人がコロンビアからダリエン地峡を通ってパナマに渡り、ほとんどの人が準備もできていない過酷な旅に立ち向かっています。

中南米の国境を越える危険な旅

避難民の女性たちの足
ダリエン地峡のジャングルを旅した後、蚊に刺された脚を見せる女性たち

「危険だとは聞いていましたが、まさかそこまでとは思いませんでした」とマリアナさんは語りました。彼女は今、パナマ南部にある政府運営のラハスブランカス受付センターで安全を見出しています。

旅に出て3日目、彼女が共に旅をしていたハイチ、セネガル、ベネズエラ人のグループは、3人のギャングに遭遇し、わずかな所有物と所持金を奪われました。

そのうちの1人が、グループに去るよう言いましたが、マリアナさんは引き止められました。そして、彼は木々の陰で彼女に性的暴行を加えたのです。

「金を隠さず、行儀よくしていれば、グループに追いつける。とその男に言われました。さもいと、他の奴らと同じになってしまうぞ、と。」マリアナさんは道で撃たれた4人の女性の死体を目撃していたので、その男が何を言っているかは、恐ろしく明白でした。2021年、ジャングルの道から50体以上の遺体が回収されましたが、新たな報道によると、この数はその道での全ての死者ごく一部と推定されています。

経済的苦境、差別、そして地震…中南米で避難を強いられる人々が置かれる境遇

受付センターでマリアナさんは、望まない妊娠や性感染症を防ぐための治療を受けました。また、彼女はパナマ検察当局にも報告書を提出し、このような行為の加害者を裁くため、当局者が現地に派遣されました。

UNHCRは、政府が運営する2つの受付センターで、仮設住宅ユニット、毛布、簡易ベッド、衛生用品を提供し、難民、移民を支援しています。また、遠隔地の先住民コミュニティに対して、数百人の人々が彼らの村を通過する際の影響を軽減するための支援も行っています。

メンブリロ川沿いのコミュニティ
メンブリロ川沿いのカナン村にある先住民エンベラ=ウーナンのコミュニティは、ダリエン地峡を越えてくる難民、移民に食料と一時避難所を提供している

昨年、ダリエン川を渡った人の大多数はハイチ出身の人々でした。その多くは、この島国の大半を破壊した2010年の大地震の発生により、故郷を逃れてチリやブラジルで数年間を過ごした人々です。しかし、居住許可更新のための制度的なハードル、経済的苦境、最初の移住先での差別等が重なり、多くの人が北上することを強いられました。最初に移住した国で生まれた小さな子どもを連れていることもよくあります。

ハイチ国籍のディフェイト・シルヴァンさんは、妻のチャーリーさんと6歳、5歳、2歳の小さな子どもたち(いずれもブラジルのサンタカタリーナ州生まれ)と共にダリエン地峡を横断しました。ディフェイトさんは2013年にハイチを離れて以来、そこで建設業の仕事をしていましたが、新型コロナのパンデミックの影響で仕事を見つけるのが徐々に難しくなっていました。同時に、ジョブネル・モイーズ大統領の暗殺や2021年の大地震の再発等、不安定な状況が広がる中、彼の仕送りに頼っていたハイチに残る家族のニーズも高まっていました。

一家は11日間かけてジャングルを横断しました。途中、山賊に言い寄られ、全財産と携帯電話を奪われました。旅の途中で食料が底をつき、5日間も空腹が続きました。途中渡らなければならない川で、末っ子のエスティーヌちゃんは2回流されそうになりました。

「彼女を抱っこしていたら私が倒れ、彼女も一緒に倒れてしまったのです。神様は私を助けてくれました」とディフェイトさんは語りました。

一家は、ラハスブランカス受付センターで足止めを食らった後、コスタリカ国境までの運賃を安くしてくれるようバスの運転手を説得しました。そこに定住するか、さらに北のメキシコに行くか、考えていたのです。2021年、メキシコで新たに庇護希望したハイチ人は5万1000人以上、あらゆる国籍の中で最多でした。

2022年の最初の2か月間で、ベネズエラ人がダリエンを渡る国籍のトップとなり、2021年全体の人数とほぼ同数、2,400人以上がこの地を横断しました。1月、2月には、ベネズエラ人約2,000人がメキシコで庇護を希望しましたが、これは2021年のベネズエラ人による庇護希望者全体のほぼ3分の1を占めています。

マリアナさんと一緒にダリエンを渡ったベネズエラ人のアントニオさんは、ベネズエラを逃れてコロンビアで6年間過ごしたものの、同国の治安悪化により北上してきた、と説明しました。メキシコに友人がいるので、そこに定住しようと思っている、と彼は言いました。長い間、移動が続いたので「とにかく平和に暮らしたいです」と彼は語りました。

* 名前は保護のため変えられています。

Sibylla Brodzinsky

原文はこちら(英文)
Refugees and migrants brave jungle wilderness in search of safety


南米ベネズエラ難民危機

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