WOMEN+BEYOND 川井郁子さんx長野智子 対談

「大きなニュースで見てしまうと実感として通り過ぎてしまうことでも、1人1人の素晴らしさやドキュメンタリー映像を見ることで、私たちも実感として感じられるんじゃないかなと思います。」

公開日 : 2022-03-11

2021年11月から始動した国連UNHCR協会の女性支援プロジェクト「WOMEN+BEYOND 私たちから、世界を変えよう。」このプロジェクトでは、女性エンパワーメントの流れのなかに難民女性・女子の視点を組み込み「日本の私たちに何ができるのか」を共に考え、行動していくことをめざしています。「WOMEN+BEYOND」シリーズインタビューの第4弾は、国連UNHCR協会 報道ディレクターの長野智子と、世界でご活躍されているヴァイオリニストであり、国連UNHCR協会の国連難民サポーターとして長年、難民支援に携わってこられた川井郁子さんとの対談をお届けします。国連難民サポーターとしての活動やご自身が立ち上げた「マザーハンド基金」について、そして2020年にデビュー20周年を迎えた川井さんにとっての今後のテーマと目指す姿についても、お話くださいました。

デビュー20周年を迎えた新たな挑戦「越境=Unframed」

長野智子(以下、長野):本日は宜しくお願いいたします。まずは川井郁子さんのご自身のことからお伺いしたいと思います。2020年にデビュー20周年を迎えられて、私もYouTubeで幻想的で美しい舞台を拝見させていただきました。とてもご盛況だったとのこと、おめでとうございます。

川井郁子さん(以下、川井):こちらこそ宜しくお願いいたします。ありがとうございます。

長野:色々な記事を拝見していますと、川井さんは今後の活動のテーマとして「越境=Unframed」という言葉を多く使っておられますね。国連UNHCR協会の報道ディレクターとしてこの「越境=Unframed」という言葉、とても大切な気がするのですが、川井さんはどのような思いでこの言葉をテーマに掲げられたのでしょうか?

 

川井:最初から越境というテーマに沿って何かやろうと思ったのではなくて、自分の活動を振り返ったときに自分の世界観を作ってきたものは、全て「越境すること」から生まれているなと。全く別の文化だったり、音色だったり、異ジャンルの融合によって、その化学反応で自分の世界観が出来上がっているなということに改めて気づいたんですね。

長野:「越境=Unframed」とは、全ての色々な分野に対して境界線をつくらずに感性を拡大していくことによって、また新しい芸術の広がりが生まれてくるという、そのような川井さんの世界を表した言葉なのでしょうか。

川井:そうですね、自分が他のものをやってみたいと思ったのではなくて、表現したいものを実現するために別のものが必要だったというか。必然性のあるものがたまたま別のジャンルだったり、別の国のものだったりしたということだと思います。

「放っておけない」社会貢献活動への想い


長野:
川井さんの20周年の舞台でも、時代も、芸術も、全て枠を越えたすごい広がりを表現されていることに感銘を受けました。川井さんご自身が音楽家、ヴァイオリニストとしてご活躍されている一方で、国連難民サポーターとしてUNHCRの活動をずっと支援されていますね。そういう活動も音楽家という枠を越えてらっしゃるなと感じますが、こういう社会貢献活動にはもともとご関心があったのでしょうか?

川井:そうですね、もちろん関心はずっと前からありましたが、もっと「放っておけない」というような関心以上の気持ちになったのは、娘が生まれてからですね。

長野:お嬢さんは「世界難民の日」にお生まれになったと伺いました。

川井:そうなんです、たまたま6月20日が誕生日でとてもご縁を感じます。

長野:お生まれになった後に6月20日は何の日だろうと思われて、そこで気づかれた?

川井:いえ、それより後で、国連UNHCR協会の活動に参加させていただくようになって、「え!」っていう感じでした。

長野:
そうだったんですか!お嬢さんのお誕生日が世界難民の日という偶然性が巡り合ったとき、難民に対して川井さん自身はどのようなイメージをお持ちになっていましたか?

川井:その頃の私が勝手に難民の人たちに持つイメージは、ニュースで垣間見るようなイメージに過ぎず、実感として何か持っているというのはなかったんですよね。キャンプに伺う前もそういう思い込みしかなかったので、実際、現地で難民の人たちと触れ合ってみて、全く違う印象に驚きました。

難民の子どもたちが思い出させてくれたこと

長野:国連難民サポーターとして、タイとウガンダのキャンプに行かれていますが、どんな風にイメージと違うと思われましたか?

川井:そうですね、私は子どもたちに何か届けたいという思いで行ったので、現地の子どもたちの印象が強いのですが、難民キャンプの子どもたちの持つ夢や意欲、明るさとかっていうのは、恵まれている私たち以上のものがあるんだなとひしひしと感じまして、それが一番、想像と違いましたね。

 
長野:そうですよね、日本にいると難民って「難しい民」になってしまうから、私たちと全然違って困難な状況で、貧しくて、違う人たちなのかなと思いますけど、実際行くと私たちよりずっとパワーがあって元気をもらえる存在の方たちですよね。

川井:本当にそうですね。自分より小さい子どもの面倒を見ながらも、子どもたちは本当にたくましいんです。私が一番感謝しているのは、キャンプの子どもたちの前でヴァイオリンを弾かせていただいた時に、日本の子どもたちの前で弾くときよりも何倍もの喜びをもって「もう一回!」と言ってくれたり、踊りだしてくれたりしたことです。自分が「ヴァイオリンをやりたい!」と最初に思ったときの感動はこういう感じだったな、と。
 
長野:もちろんそのヴァイオリンという楽器自体を初めて見る子どもたちもいっぱいいるわけですよね?

川井:実は、タイのタムヒンキャンプでは支援者の方が古いヴァイオリンを何台かプレゼントしていて、独学で工夫して弾いている子どもたちが何人かいて、伴奏したりもしたんですよ。

長野:そうだったんですね!でも川井さんのようなプロの素晴らしい演奏をなかなか難民キャンプで聴く機会はないですものね?子どもたちはどうやったらこのような素晴らしい音色を出せるんだろうと興味津々なんでしょうね!

川井:すごくそういうのを感じましたね。

長野:タイやウガンダの難民キャンプに行かれて、何か思い出に残るエピソードはありますか?

川井:タイの難民キャンプでは、独学でヴァイオリンを弾いている小学校高学年ぐらいの男の子の横で一緒に弾いたのですが、じっと私の手元を見ながら一生懸命学ぼうとしてくれるんです。・・・あんなに満たされた二重奏はなかったなと。
それから、帰りに御礼にと言ってみんなが書いてくれた絵をプレゼントしてくれたんですが、それがどれも素敵な絵で・・・。その絵から健気さや逞しさを感じたんですけど、自分が将来アメリカで勉強している姿とか、自分の両親を祖国に連れて帰っている夢とかが描かれていて、とても感動しましたね。

愛娘の誕生がエネルギーの源


長野:
川井さんは国連難民サポーターになられる前から「マザーハンド基金」を立ち上げられていて、ずっと社会貢献活動をされてらっしゃいますが、この基金を立ち上げたきっかけはなんだったのでしょうか? 

川井:それまでニュースなどで色んな場面を見る度に、その場では心が痛むけれども、次の日になれば薄れていたことが、娘が生まれてからは本当に間近に感じるようになったことが(マザーハンド基金設立の)きっかけです。とにかく何かはじめなくてはという思いが強くなって。最初は名前を告げずに施設に電話をして、何かできることがあるか相談していたんですけど、なかなか受け入れてもらえませんでした。色んな方に何かできることがないかと相談しているうちに、国連UNHCR協会の活動をご紹介いただいたんですね。あまりに壮大なことだと思ったので、最初は私ができることはすごく小さいのではないかと思ったのですが。

長野:
お嬢さんが生まれてからは、もちろんヴァイオリニストの活動もありますし、お子さん一人だけでも大変なのに、その他の困っている子どもたちに思いを馳せて実際に行動されるのがすごいなと思います。どこからその強い思いが生まれたのでしょうか?

川井:今、振り返ったら不思議なのですが、気持ちのエネルギーが異様なくらい高まるんですよね。子どもって神様だなと思います。物理的にはそれまでの生活の何倍も大変なはずだけど、疲れも感じないし不思議な状態でしたね。

長野:これはもはや生まれてこられたお嬢さんが川井さんにパワーを与えたっていう感じですね!お嬢さんも川井さんの影響で社会貢献活動にご関心を持ってらっしゃるんですか?

川井:持ってますね。数年前ですけど将来の夢を話しているときに、できれば国連の組織で人を助けられる仕事がしたいと言ってましたね。

長野:ぜひUNHCRに(笑)!それは川井さんがお嬢さんを色んな場所に連れていかれたことがきっかけなのでしょうか?

川井:難民キャンプには一緒に行っていませんが、私の活動を通じて色んなことを知って、関心を持っていったことが大きいみたいですね。

長野:どうして私がこんなに川井さんの活動に関心を持っているかと言いますと、国連UNHCR協会としても、なかなか日本で難民支援というメッセージが届きにくいケースがまだまだ多くて。遠い国のことだから何をしたらいいか分からない、知らないから関心持てないというような、そういう壁を私自身感じるんです。川井さんはお嬢さんの誕生というきっかけがあり、社会貢献に前向きに関わられることによって、お嬢さんも社会貢献活動に関心を持つということにつながられた。そのモチベーションは何だろうと、とても気になったんです。ご経験を踏まえて、こんな風にしたらいいじゃないかというアドバイスはありますか?

川井:私もこうやって国連UNHCR協会とご一緒させていただく前は、難民の人たちを遠いことに感じていたと思うんです、ともすると遠い昔の出来事ぐらいに。大きなニュースとして見てしまうと通り過ぎてしまうことでも、1人1人の素晴らしさやドキュメンタリー映像を見ることで、私たちも実感として受け取ることができるのではないかなと思います。難民映画祭などは、すごくそういう気持ちに向けさせてくれると思いますね。

長野:そうですね。きっと一人ひとりの中にある何か、きっかけの扉のようなものを開く機会を提供できれば、パッと開いてすぐ近くに手を伸ばせる、みたいな感覚が持てるのかもしれませんね。

川井:そうですね。私もキャンプに行った時にあまりに子どもたちが素晴らしかったので、いつか娘を連れて現地の子どもたちと一緒に色んなことを話したり、多感な時にシェアできる機会をつくれたらなと思ったぐらいです。そういう実感を皆さんに伝えられたら、と思いますね。

長野:ほんとですよね。川井さんはお嬢さんの存在というのが非常に大きなきっかけであり、すごいパワーの源であるととても良くわかりました。実は今、国連UNHCR協会で力を入れているのが難民女性・女の子の自立支援でして、昨年からアフガニスタン情勢が悪化しており、特に女性・女の子の置かれた状況がタリバン暫定政権によってまた難しくなっているという状況なのですが、この状況についてどう思われますか?

川井:それが自分だったら、娘だったらと思うと想像を絶しますね・・・。そういう宗教や文化の違いでそんなことが現実に見過ごされているということに憤りしかないです。なんとかできないのかなと思いますね。

長野:私たちも何とかできないのかなと思いまして、実は経済的・社会的な障壁によって教育が受けることができなかったり、将来夢を持つことができない特に女性たちをエンパワーメントしたいということで、国連UNHCR協会で「WOMEN+BEYOND 私たちから、世界を変えよう。」というプロジェクトを立ち上げ、様々な取り組みを行っています。企業やグループでファンドレイジング企画を立ち上げてくださったりと、仲間もだんだんできてきたんですけども、川井さんから例えばこんなことをしたらいいんじゃない?など音楽家からの視点でもいいのですが、アドバイスをいただければ嬉しいです。

川井:私のマザーハンド基金は特に支援対象を決めていなくて、困難な状況にある子どもたちを助けたいという思いでやっていまして、毎回そこにご協力していただく団体は様々です。アフリカに孤児院をつくった方だったり、インドの女の子が売られている状況を改善するという活動をしている方だったり。すべて女性だったんですけど、現地で状況を改善しようとしている方たち、一番現地の状況に詳しい方たちと良い役割分担をするのが一番正解でみんなの力が活きるのではないかと思っています。

長野:
なるほど。自分ひとりで考えていても分からないですものね。

川井:意外とそういう活動をしている方はたくさんいらして、その存在は知られていないことが多いです。

「ヴァイオリン一本の持つ力をもっと信じて」―音楽のチカラ


長野:なるほど。UNHCRは現地スタッフもたくさんいるので、そういう現地からのコミュニケーションの機会をつくるっていうのは国連UNHCR協会でもできそうですね。ありがとうございます。私も報道ディレクターとして難民キャンプに行かせていただきますが、やはり音楽のチカラはすごいな、と思うんですよね。私は言葉が中心になりますが、言葉には限界があって。でも音楽のチカラは、音を鳴らすことで言葉や国籍、環境も越えてみんなで生きられるあの感じはすごいなと思います。川井さんはその点、どのように思われますか?

川井:私もキャンプに行かせていただいて、改めて音楽のチカラを知ったという感じです。キャンプに行く前は音響も伴奏もない状況で、ヴァイオリンの良さを伝えられるか、せっかく行ってもそんなものかと思われたら、という不安もあったんですけど、やはり音楽のチカラってこんなにあるんだなと実感しました。

長野:不安を抱えて現地に行かれて、音楽のチカラってすごいなと思った瞬間はどんな時でしたか?

川井:これは忘れられないのですが、タイの難民キャンプで演奏した時、子どもたちがステージによじ登って「もう一回弾いて!もう一回弾いて!」と言ってくれて。ミャンマーの童謡を練習して弾いたら、みんなもうすぐに大合奏が始まって、音楽で一つになる瞬間として忘れられないですね。アフリカではみんなどんな曲でも踊りだしますし、ちょっと聴いただけでもみんな体で表現していましたね。自分より小さい子をおぶって聴きにきてくれた子もいました。
長野:逆にその時の経験が音楽家としての川井さんにその後、与えた影響というのは何かあるのでしょうか?

川井:ありますね。一番大きかったのは、ヴァイオリンの音そのものを大事にするというか、それまでいろんなものを加えてやっと音楽だと思っていたのが、ヴァイオリン一本の持つ力をもっと信じて音を作っていこうと思ったのが大きかったですね。

長野:素敵ですね。音楽って本当に大きな、世界を救う力を持っていると思います。川井さんがヴァイオリニストとして音楽家として難民支援に参加していただけることに、本当に感謝の気持ちです。現地の子どもたちが自分たちの知っている曲を弾いてくれて、どんなに嬉しかっただろうなと思いますね。

川井:そうやって言っていただけると。でも心残りなのは、言ってみたらああいうものを持っていったらよかったなとか、そういうのはありましたね。お土産をいくつか考えて持って行ったつもりなんですけど、サッカーボール一つでも持っていったらと気づきがありましたね。アフリカではボロボロのボールとは言えないボールでサッカーしていましたし、今度行くときは違うお土産にしようとか思いますね(笑)。

長野:お土産で何か考えているものはありますか?

川井:そうですね。その時は文房具など持っていったんですけど、世界の窓になるような写真集だったり、サッカーボールだったり、子供たちが夢を持っているので、想像の糸口になるような物をたくさん持っていったらよかったなと思いました。

長野:それこそ「Unframed」ですよね!越境できる扉をいっぱい持って行ってあげるという。

川井:そういえば、以前にトルコでコンサートを開催したのですが、トルコの皆さんは親日家が多くて。昔、遭難した船を日本人が助けたという話が教科書にも載っているらしくて、みんなが知っている。昔、日本人がその人たちの国にしたことが今の日本のイメージになっているのを見ると、私たちも次の世代のために「日本人のおかげでこういうことができた」という国のイメージでいたいなと思います。難民キャンプで触れ合った子どもたちが、ヴァイオリンを弾いてくれた日本の音楽家のイメージを持ってくれていると思うと、その時だけではなく、残るものになると感じました。

長野:本当ですね。私たちの活動を通して日本を好きになってくれて、日本に恩返ししたいなんて言ってくれたら、日本にとっても素敵なことですよね。「WOMEN+BEYOND 私たちから、世界を変えよう。」というプロジェクトを通して、これからも難民女性・女子のエンパワーメントを続けていきたいと思っているのですが、ぜひ川井さんも今後お力をお貸しいただけますでしょうか?

川井:ぜひご協力させていただければ嬉しいです!ありがとうございました。

長野:
ありがとうございました。

(取材日:2021年2月10日)
 

ヴァイオリニスト、作曲家。
香川県出身。東京芸術大学卒業。同大学院修了。現在大阪芸術大学教授。
国内外の主要オーケストラをはじめ、各界の著名アーティスト達との共演多数。
作曲家としてもジャンルを超えた音楽作りに才能を発揮し、NHK「麒麟がくる」
紀行のテーマ等TVやCM等映像音楽の作曲も手掛ける。
フィギュアスケートでは羽生結弦選手やアメリカのミッシェル・クワン選手など、
国内外の数多くの選手に楽曲が使用されている。
近年では舞台芸術と一体化した演奏パフォーマンスを確立。音楽と台詞で
演じるモノオペラ形式、俳優や映像とのコラボレーション等
新たな音楽舞台を作り出している。
6月23日にオーチャードホールにてデビュー20周年記念コンサートを開催。

詳細は川井郁子オフィシャルHP 

 
川井郁子さん最新アルバム「ALWAYS〜名曲物語〜」

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