アフガニスタン出身の「サッカー女子」 イランでアフガン難民の子どもたちの進学を支援

スポーツは弱い立場の子どもたちが心を開くために、私が見つけた最良の方法です

公開日 : 2022-02-18

ロズマ・ガフーリは、サッカー場のサイドラインで、笛を片手にアフガニスタンの少女たちのドリブルを見守ります。一人がゴール前で体勢を整え、シュート!チームメイトから歓声が上がり、ロズマは試合終了のホイッスルを吹きました。

少女たちが練習道具を片付けると、ロズマは新入部員たちが座っているベンチに立ち寄ります。彼女たちの成長ぶりをたたえ、次の練習に参加するよう励まし、家庭での生活について優しく問いかけます。

「スポーツは、弱い立場の子どもたちが心を開くために、私が見つけた最良の方法なのです。練習が終わるたびに、彼らが安心して家庭の問題を話せるようになるまで、何でも話しています」とロズマは言います。

「アフガニスタンの子どもたちが遊ぶ代わりに働いているのをよく見かけました。彼らには笑顔がありませんでした」


29歳のロズマは、チームのコーチであると同時に、同じイランに暮らすアフガニスタン人でもあります。11歳から15歳の難民や非正規雇用のアフガニスタン人の子どもたちを仕事から解放し、学校に通わせるために活動しながら、彼女自身の過酷な子ども時代に想いをめぐらせます。
 
「アフガニスタンの子どもたちが遊ぶ代わりに働いているのをよく見かけました。制服ではなく、使い古しの作業着を着ていました。彼らには笑顔がありませんでした」とロズマは振り返ります。「そんな環境でも、スポーツ活動を通じて、多くの子どもたちが困難を忘れることができるのです」

ロズマとその家族は23年前にアフガニスタンからイランに逃れてきました。幼少期の大半を労働者として働いた後、2015年にイラン南部の都市シラーズで、リスクを抱えた子どもたちを支援する「ユース・イニシアティブ・ファンド」を設立しました。

UNHCRとイランの外国移民局(BAFIA)の支援により、このプロジェクトは現在、スポーツや社会活動への参加、読み書きや計算のコースへの登録、家族とのカウンセリングなどを通じて、年間約400人の子どもたち(多くは学校に通っていない少女)を支援しています。このプロジェクトがシラーズ市のアフガニスタン難民の子どもたちの生活に大きな影響を与えたことを受け、UNHCRとBAFIAはイランの他の州でもこのプロジェクトの実施を進めています。

女の子は、娘に教育を受けさせる必要はないと考える文化的規範にも直面しています

アフガニスタン人とイラン人を含む「ユース・イニシアチブ・ファンド」のボランティアは毎日、シラーズのアフガニスタン人が多く住む地区を一軒一軒訪れ、学校に行かなかったり退学したりした子どもたちの親に話を聞いています。まず親たちとの関係を築き、子どもたちが毎週スポーツの練習に来ることを許可してもらうのです。

ロズマが率いるスポーツ活動が子どもたちに与えるポジティブな変化を目の当たりにした親たちは、学校に行かせたいというロズマの訴えに耳を傾けてくれるようになると言います。
「食卓に食べ物を並べることを一番に考えている親に、子どもが子どもらしく学校に行けるように説得するのは大変なことです」

男の子も女の子も家族を助けるために働かなければならないことが多いのですが、女の子は、「娘に教育を受けさせる必要はないと考える文化的規範」という難題にも直面しています。また、アフガニスタンのコミュニティーの中には、早婚を迫られる少女もいます。

ロズマは、イランでアフガニスタンの若者たちを献身的に支援したことが評価され、UNHCRのナンセン難民賞(注)のアジア地区受賞者に選ばれました。


(注)ナンセン難民賞は、ノルウェーの探検家、人道主義者、ノーベル平和賞受賞者で、1921年に国際連盟によって任命された初代難民高等弁務官であるフリットヨフ・ナンセンにちなんで名づけられました。この賞は、逆境に直面したときの忍耐と献身という彼の価値観を紹介することを目的としています。

 

 
ロズマが6歳になるとき、彼女の故郷であるアフガニスタン北東部のカピサ州をタリバンが制圧し、彼女は両親と4人の兄弟姉妹とともに国外へ逃亡しました。イランでは安全でしたが、亡命して最初の数年間は、学費はおろか、家族の生活もやっとの状態でした。

「7歳のとき、お金を稼がないといけないから、他の子どもたちのように学校には行けないと悟りました」とロズマは言います。「農薬の匂いに耐え、灼熱の太陽に頭頂部を焼かれながらの農作業は、最も辛い作業だったことを覚えています」

兄弟と一緒にレンガ工場で働き、家族はトイレもない狭い横穴のような部屋に住んでいました。数年後、ようやく学校に通い始めた彼女も、制服や教科書、交通費のために、夕方からアルバイトを続けなければなりませんでした。宿題、家事、アルバイトの合間に、ロズマさんは毎日を明るくする活動を必要としていました。

「サッカーがしたかったけれど、女の子だからダメでした」

「私は人形が好きではありませんでした。サッカーをしたかっただけなのに、女の子だからということでやらせてもらえなかったのです。父は、女の子にサッカーは向かない、裁縫を習えと言うんです」
母親のおかげで、ロズマは家事を終えたら外に飛び出して、姉妹や近所の子どもたちと一緒にサッカーをすることが許されたのです。
 
ロズマが立ち上げたプロジェクトの参加者、28歳のナジとその娘ナザニン(12歳)は二人ともスポーツセッションに参加しています。

「ユース・イニシアチブのおかげで、娘のナザニンは子ども時代を過ごし、遊び、他の子どもたちと交流し、夢を見ることができるようになりました。これらは私が決してできなかったことです」と母のナジは言います。

アフガニスタンのコミュニティーで、サッカーが女の子のためのスポーツとして徐々に受け入れられていることは、ロズマにとってこれ以上ない喜びです。

「私は、アフガニスタンの女の子も男の子も、世界のどこにいても、どんな障害があっても、同じように成功するチャンスがある世界を夢見ています。スポーツは、これを実現するための強力なツールになり得るのです」

次のロズマを、私たちの力で支えませんか?

国連UNHCR協会の女性支援「WOMEN+BEYOND 私たちから、世界を変えよう。」では、難民女性の命を守り、将来を切り拓く教育と自立のためのご支援をお願いしています。
「WOMEN+BEYOND 私たちから、世界を変えよう。」
私たちの力で実施できる支援の一例

3人の方が月々2500円のご支援を1年間継続くださると
パキスタンで避難生活を送るアフガニスタン難民女性の一人親家庭10家族に自立や子どもの学費のための資金を1年間提供できます

ご支援はこちらから
https://www.japanforunhcr.org/appeal/women-beyond

 

※当協会は認定NPO法人ですので、ご寄付は税控除(税制上の優遇措置)の対象となります。

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