紛争の最前線で生活再建を手助けするイエメンの人道支援団体が2021年UNHCRナンセン難民賞を受賞

自らの避難経験に突き動かされた創立者のアメーン・ジュブランさんと彼のチームは、たとえ戦闘がピークに達しても、故郷から逃れるイエメンの人々へ、シェルターと希望を提供し続けました

公開日 : 2021-09-29

アメーン・ジュブランさんがフダイダに留まることを選択した時、イエメンの6年の紛争で最も衝突が激化していましたが、暴力から逃れた数千の同胞を手助けするために、その決断は、戦闘から逃れざるを得なかった彼自身の経験に促されました。

世界最悪の人道危機、イエメン

フダイダ(イエメン)2021年9月29日 ― 彼の家族が初めて家を追われたのは2015年、世界最悪の人道危機の1つを創り、400万人が国内で避難を強いられている現在の紛争が始まった時でした。戦闘がイエメン北西部にあるサアダの彼の故郷を飲み込んだ時、近隣のラージフの町へ逃れる人々に彼らも加わりました。

「1万人程度が徒歩で一斉にこの町を逃れていたでしょうか。車のトランクに押し込まれている人もいましたし、途中、ガソリンスタンドが燃えていました」とジュブランさん(37歳)は回想しました。「映画のワンシーンのようでした。」

避難民自身が援助団体を設立

彼の最も恐ろしい瞬間は2017年に訪れました。彼らが暮らしていたラージフの近隣が激しい爆撃に遭い、大きな爆発によって彼らの家がゆすぶられたのです。「ガラスは全て粉々になりました。私は娘と一緒に部屋にいたのですが、彼女の両手に血がついているのが見えました」と彼は語りました。そこから逃げようと急いだ時、ジュブランさんは娘の貴重な自転車を持って行こうと思いました。

「険しい恐怖と混沌の中、埃があちこちに舞い上がっていました。私は娘の自転車をつかみ、下の階へと走りました。1階に着いたその時、自転車は持ってきたけれど娘を忘れて来たことに気づいたのです。」

家族全員を集めた後、彼らは安全を求めて再び出発しました。この時、彼らは首都サナアに落ち着きました。しかし、鮮明に残っているのは、戦闘によって家を追われた時に彼を襲った、抑えきれないパニックと混乱の記憶です。

このような経験が、6年以上続く戦争の中でイエメン人はお互いが助け合わなければならないという確信を伴って、ジュブランさんをジール・アルベナ人道的開発協会という援助団体の設立へと導きました。

この団体はジュブランさんと、2007年の大学生時代以来、長く続く紛争によって避難を強いられた彼の仲間の大学生を手助けするために一緒に働いてきた14人と共に設立されました。現在160人が雇用されており、加えてボランティア230人によって支えられています。その多くもまた、避難を強いられています。

避難民を守り、支えるシェルター

フダイダの紅海沿いの港町を拠点に、フダイダともう1つの都市ハッジャ周辺の非公式サイトで暮らす国内避難民のために、この団体は1万8000軒の緊急用シェルターを建てました。

2018年、フダイダ制圧に向けての戦闘が激しくなり、前線の移動によって銃撃と爆発が目前に迫る度に、4回もジュブランさんとその同僚は事務所の移転を迫られました。しかし、危険を顧みず、ジュブランさんはそこに留まり支援することを決意した、と語りました。

「私たちが活動していた地域は、最も貧しく、そして危険だとみなされています」とジュブランさんは説明しました。「私たちは日々危険を感じました。しかしそれでも、私たちには逃れて来る人々、私たちの支援を必要とする人々がいました。彼らに支援を提供せずに、置き去りにすることができなかっただけです。」

人工のものよりもエコで長持ちし、この地の厳しい気候にも適した、カーザブのヤシの葉を織って作られたシェルターに避難家族を住まわせ、栽培し、織り、原材料を販売する数百人の避難民と地元民 ― その多くは女性 ― に雇用を提供しています。

2021年UNHCRナンセン難民賞受賞

「シェルターは避難民にとって、最も基本的かつ重要なニーズです」とジュブランさんは説明しました。「もし彼らに適切なシェルターがあれば、家族の尊厳は守られますし、もはやホームレスではありません。」

この団体は100~1000家族を受け入れる非公式サイト約90か所を運営し、公衆衛生、避難している子どもたちが通える学校の修復といったサービスを提供しています。

またフダイダでは、避難民や彼らを受け入れるコミュニティのための法的援助や心理カウンセリング、職業訓練を提供するコミュニティセンターも運営しています。

紛争の最中におけるイエメン国内避難民の支援への献身により、避難民と無国籍者を支援してきた人々を称える、名誉ある年間賞2021年UNHCRナンセン難民賞の受賞者に、ジール・アルベナ人道的開発協会が選ばれました。

また、この賞では、イエメンの多くの地元NGOが成し遂げた驚くべき業績にも光を当てます。

この賞は10月4日18時30分(ヨーロッパ時間)に放映されるオンライン授賞式で、UNHCRによって授与されます。

UNHCRナンセン難民賞は、初代難民高等弁務官でノーベル賞受賞者である、ノルウェーの探検家兼人道支援家フリチョフ・ナンセンにちなんで命名されています。彼は1921年、国際連盟によって任命されました。

ジール・アルベナ協会が供給した織物のシェルターが点在する非公式サイト内を歩いていると、ジュブランさんの人に伝わりやすい笑顔が、古い友達のように彼に挨拶するために集まってくる人々の笑顔に反映されます。多くの人々は長年彼と知り合いで、彼が自分たちを理解していると知っています。

平和な未来への夢

「愛する人々や友達と離ればなれになるという意味で、私たちは多くの共通の困難に直面しています」とジュブランは言いました。「私の避難の経験が、自分がどう他の避難民に対応するかという点で、ポジティブな影響を与えました。私は彼らにより寄り添うようになりましたし、彼らの話を聞き、彼らのニーズを本当にわかるための忍耐力と決意を与えられました。」

ジュブランが語るしぶとい楽観主義がイエメン人を際立たせ平和な未来への夢を絶やさせなくても、紛争に囚われ家を追われた人々を打ちのめそうとする絶望も、彼は知っています。

数年前、サナアにいる妻や娘たちを訪れることが叶わずに6か月最前線で働いた後、ジュブランは心身の疲労に苦しみ、辞めようとしました。

彼の決意を最終的に変えたのは、彼の父親との会話でした。

「イエメン人が最悪の人道危機を経験し、避難民が日々家を失っている時、まだ彼らを手助けできるのだから、お前は辞めることなどできない、と父は言いました」とジュブランは回想しました。

彼は車に乗ってフダイダまで運転し、仕事に直行しました。それ以来、立ち止まっていません。

「自分に言い聞かせました。戦争が終われば、リラックスできると。」

Tatiana Bure

原文はこちら(英文)
Yemenis helping rebuild lives on conflict's frontlines win 2021 Nansen Award

追記:10月4日、UNHCRナンセン難民賞授賞式開催

難民や国内避難民、無国籍者に対する支援に多大な貢献を果たした個人・団体をたたえる目的で1954年に創設されたUNHCRナンセン難民賞。今年はオンラインで開催されました。アーカイブはこちらからご覧いただけます。(※英語での放送となります)


イエメン人道危機 支援を必要とする人、2070万人

UNHCRは2015年に紛争が始まって以来、イエメンで避難を強いられた人々を支え続け、今も刻一刻と変化する戦況の影響により逃れてくる人々のため、現地で粘り強く援助活動を続けています。どうぞ、今すぐご支援ください。

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