スプツニ子!さんインタビュー記事 「小さな共感から、支援のサブスクを」
公開日 : 2021-12-15
このプロジェクトでは、女性エンパワーメントの流れのなかに難民女性・女子の視点を組み込み「日本の私たちに何ができるのか」を共に考え、行動していくことをめざしています。
「WOMEN+BEYOND」メールマガジンの配信に先駆けて、女性や難民を取り巻く社会課題に各方面から取り組まれている方々へのインタビュー記事連載をスタートします!
記念すべき第1回は、スプツニ子!さんにお話を伺いました。
これまでマサチューセッツ工科大学(MIT)メディアラボの助教、東京大学大学院特任准教授を歴任され、現在は東京藝術大学デザイン科の准教授を務められているスプツニ子!さん。
アーティストとして活躍されるなかで、これまで多くのシリア人が避難生活を送るヨルダンのザータリ(Za’atari)難民キャンプでの映画館の支援プロジェクト「RED CARPET LOVE!」や、『生理マシーン、タカシの場合』、『ムーンウォーク☆マシン、セレナの一歩』など、テクノロジーやジェンダーをテーマにしたアート作品を通じて、さまざまな角度からの問題提起をされてきました。
心の栄養としての映画カルチャー 難民キャンプでも
——本日はどうぞよろしくお願いいたします。これまでのご活動では、人々がなかなか関心を抱きにくいテーマをアートという形での表現を通じて、問題意識を広げてこられたかと思います。まず、スプツニ子!さんご自身がどのようにそれらのテーマをご自身の問題として考えるに至ったかについてお聞かせください。
スプツニ子!さん:もともと私は東京で生まれ育って、その後ロンドンの大学に通っていたのですが、それぞれの環境が大きく違うなと感じたんですよね。イギリスでは同級生にイラン人の女の子がいて、祖国の情勢で家族で移住してきたという話を聞いたり、当時住んでいたサウスケンジントンには大使館が集まっているのですが、よく建物の前に人が大勢来てデモが行われているのを目にしていました。
同級生の話や、自分が住む街という身近なところで、いま世界で何が起こっているのかを知ることができる環境にいたため、そういった問題が自然な形で他人事ではなくなっていきました。そのため、難民問題についても以前から関心を寄せていました。
ある時、ヨルダンの難民キャンプのザータリに渡航した友人が現地で子どもたちのために映画館を作る活動について教えてくれました。それがきっかけで「RED CARPET LOVE!」というプロジェクトを始めました。難民支援というと衣食住の最低限のサポートを意識しがちですが、映画のようなカルチャーも人々が暮らしていくという中では心の栄養として必要である、という考えにアーティストとして非常に共感しました。
「RED CARPET LOVE!」は、ソーシャルメディアを使って楽しく皆の連携の輪を広げていく方法として、映画の名シーンをまねした写真を撮ってInstagramに投稿し、認知を広げてみようというアイデアに挑戦したプロジェクトです。日本だけではなく現地から集まった写真も一緒に並べて一つのレッドカーペットをつくるというイベントを通じて、支援も徐々に広がっていきました。
▲RED CARPET LOVE! 映画のワンシーンをイメージした写真
画像提供:スプツニ子!さん
2019年には映画館が完成しましたが、難民キャンプでは映画を上映するだけではなく、難民キャンプで暮らす人が自分たちで動画撮影や編集を行い、自分自身の言葉で難民の現状を伝えたり、女性エンパワメントをテーマにした映画を女性監督が手掛けたりするなど、多様な発信をしています。
プロジェクトの成果を末尾のnoteで特集していますので、ぜひご覧ください!
私の痛み、アフガニスタンのあの子の痛み
——寄付・募金というと堅いイメージがありましたが、同じレッドカーペットに自分の写真と難民の方々の写真が並ぶ、というのは一緒に映画を楽しむ仲間が増えていくようで楽しいですね。他の社会課題についても、自分と当事者をつないで考えられるようになるためには何が必要だと思いますか?
スプツニ子!さん:これまで主に扱ってきたサイエンスやジェンダーとはまた違ったテーマでこの映画館プロジェクトに関わっていましたが、「共感する気持ち」は本当に大事だと感じました。
例えば現在、タリバン政権下で難民が急増しているアフガニスタンでは再び女性が教育を受けづらくなってしまうのではないか、女性が男性の同伴なしでは外出できないのではないか、などといったレベルの懸念が広がっています。そういった状況を見ていると、先進国だけで女性のエンパワメントを考えているだけでは良くないなと思います。
学校教育は将来の自由をつかむための最初のステップなのに、それを奪ってしまうのは本当にひどいことです。その事実に彼女たちと同じように胸を痛め、共感する人が行動していくことが大事だと考えています。
例えば、私の母は大学で数学の博士号を取って教授になりましたが、それでも高校生の時には先生に「女に数学は向いていない」と言われ、進学を反対されたことがあると話していました。私自身がこれまでプログラミングを学んできたなかでもジェンダーに関する偏見に遭遇した経験もあります。
日本でも、女は賢くなりすぎない方がいい、理系は男性が学ぶもの、などといった古い価値観が今でも流れていて、女性が学ぶこと自体を否定されることがまだまだあると感じています。例えばこの間の医大の女性受験者の減点問題もそうですが、そういったニュースを見るたびにとても心が痛みます。
母の痛み、私の痛み、医大受験生たちの痛みは、それぞれ私のなかで自然にリンクできるものです。そしてその延長線上にアフガニスタンの女の子たちの痛みがつながってくる。将来はパイロットやエンジニア、政治家になりたくて勉強していたのに、突然政権が変わり、女の子だからという理由だけで家にいなければいけない状態になったとしたら、本当に心が痛いだろうなと国を越えて感じています。
多くの女性には少なからずそういう感覚があると私は思っていて、それをアフガニスタンの女の子に投影してもらうことで、彼女たちの気持ちにも共感できるんじゃないでしょうか。日本にいても、難民キャンプにいても、感じる悔しさは一緒です。案外そのようなシンプルな話じゃないかなと思います。
ジェンダー問題以外でもそれは同じで、先日見つけたネットニュースに元難民のサッカー選手の半生を紹介した記事がありました。最初はサッカーの方に興味があった人たちが選手たちの抱える痛みに共感し、難民問題に関心を寄せるようになっていったらいいなと思います。
日本は単一民族国家ですし、こういった海外の問題を自分ゴト化しにくいのは仕方がないとはいえ、こうしたさまざまな切り口から、もっと共感の輪が広がっていってほしいですね。
日本のジェンダー意識の新しい「ベースライン」
——社会課題に対しての共感を広げるために、重要なことはなんでしょうか? これまで国際的に活動されてきたなかで、他国との違いなどを感じたことがあればお聞きしたいです。
スプツニ子!さん:イギリスに住んでいた時に「教養のベースライン」のようなものを感じたことがあります。一人の自立した知的な人間のベースラインとして、世界でいま起こっていることに目を向けて共感することが求められていた気がします。例えば大学内でも、アメリカの大統領選や今回のアフガニスタンの米軍撤退のようなニュースが流れると、今後世界各地の情勢や環境にどのような影響が出るのかといったことを友人同士で議論するのが当たり前な風潮がありました。
ところが日本に帰って来ると、アメリカの大統領選ですらそこまで関心を向けていない人が多くてびっくりしました。これは別に日本を批判しているわけではなく、テーマによってはこれから変わっていけることだと思っています。
例えば、ジェンダー問題も最近はメディアや企業内できちんと議論されるようになり、女性たちも自分から発信をするようになってきました。これは15年前はなかったことです。たとえば現在では少なくとも公の場で「女性に勉強は必要ない」とか「女性は家で家事育児をするもの」と言う人はほとんどいないし、いたとしてもバッシングされるようになってきました。このように少しずつジェンダー意識のベースラインが上がってきたと感じています。
その他のSDGやジェンダー問題、そして難民問題などといった社会課題についても、SNSを通じてインフルエンサーや芸能人がソーシャルインパクトのある話題を扱い始めたり、私たちの目に入る機会もだんだんと増えてきています。実際にデータからも若い世代のSDGsについての関心が高まっていることが示されているように、これからの日本の新しいベースラインができていくといいなと思います。
映画と一緒に寄付も“サブスク”してみる
——少しずつベースラインが変わって行くなかで、支援のハードルも下がっていくといいですよね。
スプツニ子!さん:はい、その一つとして寄付の「サブスク」という新しい形ができるといいなと考えています。例えば、私も医学部入試での女子差別を受けて始めたアートプロジェクトでは、「東京減点女子医大」という架空の大学を作り、その大学案内を販売しているのですが、その売上を途上国の女の子の支援に取り組む国際的な団体に寄付しています。それ以外にも、いくつか応援したい団体に自動的に毎月定額をサブスク的に寄付するようにしています。
様々なアプリや、映画や音楽のコンテンツ、オンラインサロンなど、多様なサブスクリプションサービスがあるなかで、自分が応援したいところにも毎月数千円ずつ支援が届く、みたいな仕組みがあってもいいんじゃないかと思います※。
※国連UNHCR協会では、銀行・郵便局(ゆうちょ銀行)の口座、ご指定のクレジットカードからの自動引落しができる毎月の寄付プログラム「国連難民サポーター」をご案内しています。「WOMEN+BEYOND」公式ウェブサイトからお申込み可能です
——今回のアフガニスタンのような緊急支援の場合は、テントや毛布、食糧といった生活必需品を届けるために短期集中で支援を集めることはありますが、教育は継続することが重要な分野ですので、サブスクというスタイルはとてもマッチしますよね。
スプツニ子!さん:そうですね。今のデジタル時代ではサブスクのハードルはとても下がってきているし、そういう「寄付のDX」って起きないのかなって思うことがありますね。若い層でも最近はSDGsに対しての意識が高まってきているし、何か行動したいけれど何していいのかわからないというのが人も多いのではないでしょうか。応援したい団体はいくつかあるのに、一個一個が分離していて結局どこに寄付したら良いかわからなかったり、応援すべきところを探すところから始めないといけなかったりするのは、支援のハードルになっているんじゃないでしょうか。一つのプラットフォームに支援先の選択肢が集まって、そのなかから選べるようにできると、一人ひとりの支援のハードルはもっと下がっていくと思います。
私の今の寄付のサブスクリストに、今日からこのWomen+Beyondも加えたいと思います!
発達するオンライン技術をうまく使って、もっといろいろな人が気軽に継続的な支援を始めることで、いつの間にか大きな支援が集まっていた、というのが理想だと思います。
寄付自体の話題にならない限り、あまり普段の会話で「私、こことここに寄付してるんだ」って言わないと思うんですよね。でも、たとえば寄付のサブスクとFacebookをつなげたりして、サブスクしている寄付先の情報が定期的にフィードで流れて自然な形でみんなにもシェアできる、みたいな工夫などで、もっと支援を気軽で身近なものに変えていけたらいいですよね。
——スプツニ子!さん、本日は貴重なお話をありがとうございました!
「WOMEN+BEYOND 私たちから、世界を変えよう。」プロジェクトのメールマガジンでは、第2回以降も各分野でご活躍されている方々にお話を伺っていきます。ご期待ください!
(取材日:2021年11月4日・取材・執筆:吉田恵実子)
- スプツニ子!レッドカーペット・アートでシリア難民の映画文化を支援
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- 「東京減点女子医大」を創設したわけースプツニ子!学長と西澤知美理事に聞く
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■肩書き:アーティスト/東京藝術大学デザイン科准教授
■プロフィール:
英国ロンドン大学インペリアル・カレッジ数学科および情報工学科を卒業後、英国王立芸術学院(RCA)デザイン・インタラクションズ専攻修士課程を修了。RCA在学中より、テクノロジーによって変化していく人間の在り方や社会を反映させた映像インスタレーション作品を制作。2013年よりマサチューセッツ工科大学(MIT)メディアラボ助教に就任しDesign Fiction Group を率いた。現在は東京藝術大学デザイン科准教授。VOGUE JAPAN ウーマンオブザイヤー2013受賞。2014年FORBES JAPAN「未来を創る日本の女性10人」選出。2016年 第11回「ロレアル‐ユネスコ女性科学者 日本特別賞」受賞。2017年 世界経済フォーラム 「ヤンググローバルリーダーズ」、2019年TEDフェローに選出。著書に「はみだす力」。