UNHCRシリア/アレッポ事務所長 高嶋由美子職員の一日

公開日 : 2020-02-25

高嶋由美子職員は出身地の東京から8,700キロ以上離れたシリアで働いています。

20年前にUNHCRの職員となった彼女は、 東ティモールやスーダン、 タイ、アフガニスタンで勤務したのち、 2018年にアレッポ事務所に赴任しました。

2011年以降シリアでは、 560万人以上が内戦を逃れてトルコやレバノンやヨルダンに避難し国内でも数百万人が避難生活を続けています。

世界で最も困難な状況下にある場所のひとつで暮らし、 そこで働くことの現実を高嶋職員は語ってくれました。

いつもUNHCRの難民援助活動をご支援くださり、 本当にありがとうございます。
UNHCRシリア・アレッポ事務所長の高嶋由美子と申します。

今日は、 アレッポでの私の1日の活動の様子をお伝えしたく存じます。下記、お目通しいただければ幸いです。

UNHCRシリア アレッポ事務所長
高嶋由美子

5:00 起床
携帯電話にセットしたアラーム音が鳴り響き重い体を引きずってベッドから起きて、ジョギングに。

郷土料理が本当においしいアレッポみたいな町では、運動はとても大切です。最近のお気に入り料理は“カバーブ・カラズィー(チェリーカバーブ)。内戦前のアレッポはシリアの経済の中心地で、大きな屋内市場、石鹸を始めとする伝統的な産物、“キッベ”や“マハシ”(ひき肉を詰めたナスとズッキーニ)といった名物料理で有名な町でした。

私たちは安全のためにホテルで生活しており、ホテルの周りにある小さな公園を数周走ります。ホテル生活は言葉が与えるイメージほど優雅ではなく、自分がいる場所が“家”であるように感じさせてくれる物事が恋しくなります。例えば、自分のキッチンで料理をして食事を楽しむことだったり。でも私たちは、共有スペースに小さなキッチンをしつらえて料理ができるようにするなど、精一杯やりくりをしています。


8:00 朝食/出勤
手早く朝食を済ませると車に乗り込んで出勤。車で10分ほどの距離にある事務所へは、身を守るために毎日異なるルートで向かい、移動は常に装甲車両で。

アレッポは、町の半分が破壊され、残る半分は無傷のまま。そんなふたつのエリアを1本の通りが分け隔てていて、通りの真ん中に立つと映画の中に迷い込んだ気分になります。あまりにも非現実的で、それでいてリアルでもあって。仕事は山積みです。アレッポとその周辺で暮らす99万以上の人々が避難を強いられ、その後約16万1千人が帰還。

UNHCRは、帰還者の生活環境改善を目指す「村落支援プログラム」をサポートしています。アレッポとその周辺では約140万人が支援を必要としていると推測されますが、この140万という数値の裏に、それぞれの人生を生きる生身の人々が存在するのです。

だからこそ私はアレッポで働いています。人間はお互いに助け合えるのだと示すために。困難に屈しない人々の回復力には驚愕させられます。非常に困難な状況に直面していながら、過去を振り返らず、とにかく前に進むのみ。普通の生活を取り戻したいと望んでいます。私たちは人道主義者として、窮境に陥った仲間の再起を手助けできるのです。

8:15 予定確認/チーム・ミーティング
事務所に着くとその日の予定をチェックし、優先順序を決めて、難しいミーティングがあれば対処策を講じる。今日最初の仕事はチーム・ミーティング。

アレッポ事務所では常時60名ほどの職員が働いていて、うち52名はシリア人です。戦闘で家族や友人を失った人も多いのですが、彼らは立ち止まらない。私はこのようにパワフルで、自信を漲らせていて、情熱的なチームの一員でいられることを誇りに感じています。

11:00 コミュニティセンター訪問
同僚のムスタファと、UNHCRが運営するコミュニティセンターを訪問。
計画が予定通りに進んでいるのか確認する。

コミュニティセンターでは法的アドバイス、カウンセリング、職業訓練、学校に通えなかった子どもたちを対象にした補習クラスといったサービスを提供しています。子どもたちこそシリアの未来。取り残されるようなことがあってはなりません。

コミュニティセンターは人々が保護サービスを受けたり、情報を得るだけでなく、「自分たちのコミュニティで何をしていきたいのか」という話をするための場でもあります。現在UNHCRはアレッポで22箇所のコミュニティセンターと、10箇所の小規模なサテライト・センターを運営しています。また、辺境の小さな村の住人が必要なサポートを得られているか見届ける、28組の巡回チームも活動しています。

巡回チームは、自分たちのコミュニティを一番良く知っている、地元の社会福祉ボランティアによって構成されています。

14:00 パートナー団体と打ち合わせ
UNHCRの越冬支援物資の分配を手伝ってくれている国内のパートナー団体のスタッフとの打ち合わせ。

私たちは未だアレッポの様々な地域で緊急事態に対応し、シェルターや水を入れる水汲み容器といった基本物資を提供しています。冬は寒さが厳しいため、破壊された窓やドアを塞ぐ、透明なビニールシートのような防寒資材を配布。昨年の冬は21万5千人に、寝袋、冬用のジャケット、毛布、ビニールシートなど必要不可欠なアイテムを提供しました。

18:00 帰宅/メール/翌日の仕事準備
仕事を終えて帰路につく。ホテルに戻ってからもメールに返信したり翌日の仕事の準備をしたりといった作業を続け深夜まで寝られない時も。

大半のスタッフは安全のため、暗くなる前に帰路につきます。自分の仕事を説明して欲しいと頼まれたら、これは仕事ではなく天職だと、私は答えるでしょう。家族や友人から遠く離れて暮らすのは辛くても、こういう職を得られた私は非常に恵まれていると思っています。

先日UNHCRは、 アレッポのとある地区で街灯の設置に協力しました。 通りを明るくすれば、日が暮れても行動できます。 人々は身の危険を感じることなく、 楽に移動できます。 子どもたちは夜も宿題ができます。 家族で暗がりの中で座り込む必要も無くなります。 つまり、 街灯は単に街灯では無いのです。 街灯は人に希望をもたらします。

街灯が灯った時、 ひとりのおばあさまが家から出てきて私を抱きしめ、 涙を流しながら街灯を指差しました。 おばあさまは全く英語を話さず、 私のアラビア語はお粗末なものでしたが、 言葉は通じなくても気持ちが通じあった瞬間でした。 そんなとき、 私はアレッポで働けることを心から幸せに感じるのです。

多くの人は、 誰かが苦しんでいるのを見かけたら、 助けるために何かしたいと思うもの。 自分が望んでいるほどのことができるとは限りませんが、 話に耳を傾けて「その人は忘れられていない」と伝えるだけでも、 意味があります。 UNHCRはそれをアレッポで実践しております。 助けを必要としている人々をどうか忘れないでください。 避難民は私や皆様と同じ人間で、 たまたまこのように困難な状況に直面しているだけ。 なんら落ち度はありません。

隣の町、 隣の国、 隣の大陸で起きていることは、 多くの人は簡単に忘れてしまいます。でも、 皆様が助けの手を差し伸べてくださったら何が起きるのか、 私は目の当たりにしています。人は強いものです。 ほんの少しの助けがあれば、 前を向いて生きていけるのです。

ご支援にあらためて御礼申し上げます。 日本からのご支援、 本当に嬉しく思っております。これからもシリアの難民・避難民を、 共にお支えいただけますようお願い申し上げます。



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