Q&A: 新型コロナウイルスのパンデミックの前から、難民のメンタルヘルスは著しく見過ごされていましたが、今、本格的な危機となっています
公開日 : 2020-10-30
UNHCRメンタルヘルス担当官のピーター・フェンテフォーゲルは、新型コロナウイルス感染症が極度の不安状態にある多くの難民にとって臨界点になっていると述べつつも、その危機は、チャンスにもなることを訴えています
精神科医でもあるピーター・フェンテフォーゲルは、過去6年間、UNHCRのメンタルヘルス対応を主導してきました。その間、紛争や迫害によって住居を追われた人々の数は、前例のない7,950万人にまで増加し、そのなかには2,600万人もの難民が含まれています。彼は、グローバル版ウェブサイト・エディターのティム・ゲイナーとジュネーブで対談し、難民のメンタルヘルスとそれが新型コロナウイルスのパンデミックによってどう影響を受けているのかについて話しました。
現在の新型コロナウイルスのパンデミック以前の難民のメンタルヘルスはどのような状況だったといえますか?
様々ですが、世界保健機関の推定値でみてみましょう。紛争の影響を受けた地域の成人人口の5人に1人(22.1%)はメンタルヘルスの問題を抱えています。子どもに関するデータはありませんが、子どもはより感受性が高いため、もう少し高いと推測されます。他の研究でも、子どもの基準値は、一般成人の基準値よりも約2~3倍高いともいわれています。
多くの人は、PTSD(心的外傷後ストレス障がい)が難民の間で最も蔓延している状態であろうと、推測しますが、もちろん、それだけが彼らが抱えるメンタルヘルスの問題ではなく、フィールド(支援をしている地域)でも、私たちの予想よりも頻繁に目にするわけではありません。多くの人々が、出身国や脱出の途上での出来事、暴力的な経験に、安全な国においても苦しんでいます。とはいえ、PTSDはある種の特異的な臨床診断にすぎず、難民のメンタルヘルスについて議論するときは、より複眼的に検討すべきです。
最も一般的な疾患は、うつ病や不安神経症です。うつ病は、愛する人、家、仕事、社会的地位または社会とのつながりの喪失によく関連しています。苦しんでいる人は将来への希望を持てないでいます。これは、自分自身を成長させることができる環境にいれば、ある程度軽減することができますが、多くの場合、不安定な状態にある難民は何かが起ってくれるのをただ待っています。解決策といってもそう簡単には得られず、難民は自分たちの生活が良くなるかもしれないという見通しを持てなくなってしまうのです。
時が経つにつれ、移住という状況においては、統合失調症や双極性障がいといった重度の精神的健康状態に陥る人々の割合が増加していくことを目の当たりにします。その理由は正確にはわかっていないのですが、強制移住からは統合失調症にならないものの、発達上または生物学上において、ある特定の条件下で発現しうる潜在的な脆弱性があるのでしょう。こうした人々には、サポートシステムが機能しなくなると、症状が出やすくなります。人道的にみて、重篤なメンタルヘルスの状態にある人々は虐待やネグレクトのリスクが高くなります。それは決して受け入れられることではありません。
新型コロナウイルスのパンデミックが始まってから、その見解はどのように変わりましたか?
新型コロナウイルスのパンデミックが発生する前は、難民のメンタルヘルスは著しく見過ごされ、優先順位は低い問題でした。今、それが本格的な危機となったのです。難民は自分たちの未来は崩壊しているとみなしがちです。難民を自国から追い払うことになった問題は未解決のままで、家に帰ることができません。さらに、避難先で生き延びている多くの難民は、そもそも仕事があるとしても、インフォーマル・エコノミー、つまり、合法、非合法を含むさまざまな現金稼得活動のなかで生計手段を失っていくばかりなのです。第三国定住地がパンデミックで減りつつあるため、難民は解決策が何も見えなくなっています。そして、人々は、このパンデミックがいつ終わるのか、そしてどうすれば本当に自分自身を守ることができるのかわからず、自身の心身の健康について不安に思っているのです。
多くの人々にとっては、これらのストレス要因をさらに持つことは、まだなんとか対処可能かもしれません。でも、もし、あなたがすでにギリギリの生活を強いられている場合なら、メンタルヘルスの症状が進行してしまう臨界点になりえるのです。この絶望の高まりは、多大な恐れや怒りをあらわにする難民や、抜け出せる方法を見いだせずに「もう、人生を終わらせるべきなのではないか」と考えてしまう難民からのヘルプラインへの入電の増加から我々も実感しています。また、ウガンダとケニアの特に若者の間では、自殺未遂が増加しています。私にとって、これらは内在するストレスについての指標となっています。
パンデミックは「助けを求める行動」にも影響を与えるため、これがどれほど広まっているのかを把握することは困難です。ある地域の難民は、ヘルスセンターは良くなるのではなく、かえって病気にかかってしまうかもしれない場所として認識し、訪れることも躊躇してしまっています。絶望感の高まりとメンタルヘルスに関する支援を求める人々の減少は深刻な問題となっています。今こそ危機なのであり、手に負えなくなる可能性もあります。
UNHCRは、支援を必要とする人々を助けるために、今、何をしていますか?
最優先事項は、新型コロナウイルス感染症をとりまく環境下でのストレス対処方法に関するガイダンスを提供することです。ですから、私たちは呼吸法と問題解決のテクニックを教えています。難民は自身が置かれている状況が故に、多くの場合、自分自身を大切にできる機会が少ないのです。窮屈な家に住み、収入を得るために外出しなければいけませんから、呼吸法や問題解決技術を使って気持ちを落ち着かせることができる機会はより少ないのですが、それは難民を取り巻く環境が彼らの助けになっていないからです。しかし、それでも、対処できることについてのメッセージを伝えることは重要です。
また、失意の底にいる人々と共に働くスタッフの研修も実施しています。スタッフは文字通り、誰でもです。スタッフはますますいらだちを見せたり、怒ったり、不安になっている難民に対処しなければならないので、保護官である可能性もありますし、都市部の避難所や現金支払所で働いている誰かかもしれません。
もし、あなたが話し相手に対して、心から話を聞いてもらえて、かつ、感情も理解してくれているという気持ちになってもらえるように接しているなら、そのことによって、人々が状況にうまく対応できるように支援しているのかもしれませんから、あなたの仕事のやり方は、人々のウェルビーイング、つまり身心ともに健康で幸福であること、に影響を与えている可能性があります。つまり、心理療法を施すすべての人々に限った問題ではなく、自分自身が、ウェルビーイングを促進するための道具やツールであることに気づくことが、より重要なのです。
明らかに専門家により1対1の対面カウンセリングを必要とする人もいます。新型コロナウイルスを取り巻く環境下において、私たちは可能な限りヘルパーの数を増やすことのみならず、対面接触から電話対応へ変更することで、支援のスケールアップを図っています。テレカウンセリングは今や新しい手法とはいえませんが、コロナウイルスを取り巻く環境下においてはその手法をとらざるを得ず、促進されています。
私たちは、そこにあるものだと思い込んでいた多くの障壁が、実は解決できうることを学んでいます。理想的な方法とはいえないかもしれませんが、電話で質の高い心理療法を行うことは可能です。電話での対応は人々がすでにお互いを知っているときには、関係性がすでに構築できているので、その効果は抜群です。とはいえ、オンライン対応で実施することの可能性は、私が思っていたよりもはるかに大きいです。それは、クライアントへのサービスの提供だけでなく、ローカルパートナーやコミュニティスタッフ全体の監督とモニタリングにもなります。それらをすべて行うことができますから。
私たちは最近、人々のストレス解消を助けるためにオンラインでヨガを教えているケニアのウガンダ難民について、また、お互いをサポートすることを学んでいるバングラデシュのロヒンギャの子どもたちについても報告しました。難民が主導するこれらのイニシアチブはどれほど重要と捉えていますか?
非常に重要です。もし、他の難民も助けられように難民を支援できるなら、あなたは2つのことを同時にできているのです。1つは、サービスを必要とする人々に対してサービスを提供することですね、そして、それと同時に、難民の能力を強化(エンパワーメント)し、外部の専門家に難民が頼らないでもすむようにしているのです。私たちはここに可能性を見ているのですが、実際に強化していけることでしょう。私たちは、難民自身を単に難民の手にゆだねているわけではありません。実際に難民と協力して、難民が他の人を助けられるような潜在能力を構築しているのです。
コミュニティのスタッフは、メンタルヘルスの初期対応者として訓練された難民で構成されており、ますます重要になっています。たとえば、タンザニアでは、UNHCRの難民パートナーは通常よりも多くのことを引き受けています。彼らはより多くの責任を引き受けており、難民キャンプにアクセスできない場合は、電話で専門の心理学者から指導を受けています。私たちは、バングラデシュ、ヨルダン、レバノン、イラク、ウガンダ、ケニアなど他の多くの国でも、同様のことを行っています。
いろいろできることはありますが、それには投資が必要です。つまり、自助を後押しするリソース確保のための、人々、方法論、トレーニング、監督への投資を意味しています。そこから得ることがたくさんあります。そして、弾みがついているのを見るのは喜ばしいことです。
こういった助けを提供し続けるには、どのような支援が必要ですか?
はっきりさせておきましょう。精神的苦痛に対処するための重要な要素は、その多くを引き起こしている原因となっている状況 ― 戦争、迫害、喪失、不安定を強いられる生活といった環境に対処することです。つまり、心理療法がすべての解決方法ではないということです。なぜなら、心理療法は単に人々の頭の中だけに問題があることを意味するからです。難民は永続的な解決策を必要としています。それが鍵なのです。
その一方で、私たちは主体性、つまり、人々が自分たちの生活をコントロールできるような能力、つまり、キャパシティを、促進しなければなりません。もし、心理的な助けによって、彼らがそういった資質を取り戻せるのなら、私たちは非常に重要なことに従事できていることになります。そのためには、メンタルヘルスを人道支援の包括的枠組みに統合するための資金がさらに必要です。これは危機ですが、良い機会でもあります。実際にこの機会を利用して、将来にむけて、メンタルヘルスサービスの提供を、より効果的に作り変えることができますが、今はあらゆる支援が必要です。UNHCRは単独でこれらを実施することはできません。
私たちは、助けてくれるパートナーをもっと必要としています。夢は、世界エイズ・結核・マラリア対策基金や教育の提供を変革するグローバルファンドである「教育を後回しにはできない」といった、国際的資金調達を可能にするパートナーシップ組織を持つことです。私たちの仕事を実際に後押しできるようなメンタルヘルスのためのグローバルファンドがあれば素晴らしいと思いませんか?
我々は、人道的分野をもともとの活動基盤としていない開発系金融機関を含む、より大きなドナーが介入し、その長期開発のなかで、レジリエントで、精神的に健全である人々を育成できるように、メンタルヘルスを将来の社会のための重要支援領域と捉えていただけることを切望しています。
メンタルヘルスを平和構築と復興に統合させる必要があります。それは、物理的なインフラを再構築するだけでなく、人々が再び共に暮らせるように支援することでもあります。
これが進められない場合、その代償とは何でしょうか?
不必要な人間の苦しみの増加です。
強制的に避難させられた人々のウェルビーイングに対して、全体論的な方法で対処しない場合、その影響は派生的に世代間に及びます。それは個人の苦しみを生み、その結果として、社会問題にもなっていくことでしょう。
子育てにおいても、そのつけはまわってきます。メンタルヘルスの問題を抱えている親は、子どもの世話をすることができず、引きこもってしまう傾向があります。経済的にみても、人々が能力を最大限に発揮できなくなるため、生産性に影響を及ぼします。
メンタルヘルスへの投資にはコストがかかりますが、社会的観点からみれば、その投資にはリターンがあります。人々はより生産的になり、頻繁に病気にかかることが少なくなります。我々が今行っているメンタルヘルスへのどの投資においても、その何倍にもなりうる見返りがあるのです。
Tim Gaynor ― 2020年10月10日