エリトリア人姉弟、8年にわたる旅路の末についに母親と再会

誘拐、拘留、そして地中海縦断失敗。困難を乗り越え、ケディジャ(15歳)とヨナス(12歳)はついにスイスで母親と再会することができました

公開日 : 2019-03-04

リビアのミスラタ市にある拘留センターに拘留されていたケディジャと弟のヨナスの壮大な挑戦。それは、スイスにいる母親との8年ぶりの再会でした。しかし昨年3月の時点で、それは絶望的だと思われていました。
 
トリポリ(リビア)2019年1月24日 ― ここに至るまでに、生まれ育ったエリトリアを逃げ出した15歳の姉と12歳の弟は、エチオピアの難民キャンプ生活を耐え抜いたものの、その後、身代金目的で誘拐されてしまいます。解放後、2人はついに地中海を渡ってヨーロッパへ向かう船に乗り込むことに成功しますが、結局捕まってリビアに戻されてしまうのです。
 
しかし、2人の母親であるセミラの根気強い訴えや政府および人道支援機関の介入、そして多くの幸運が重なった結果、この2人の姉弟は、ついにスイスで再び母親の腕の中に飛び込むことができました。
「子どもたちと再会するという望みを失うことは決してありませんでした」

「8年以上離ればなれになっていましたが、子どもたちと再会するという望みを失うことは決してありませんでした」と母親のセミラは語りました。またどこかへ行ってしまわないように子どもたちをきつく抱きしめながら笑顔で話すセミラの目には、喜びと解放感の涙があふれていました。
 
UNHCRがこの件について知ったのは、リビアのUNHCRスタッフにかかってきた1本の電話がきっかけでした。それはスイスに拠点を置くNGO、国際社会事業団(ISS)からの電話でした。ISSは児童保護問題に特化した機関で、2人の母親であるセミラは彼らに助けを求めたのでした。
 
唯一の手がかりは子どもたちがリビア国内のどこかにいるということと2人の名前だけでした。本人であることを判別するための古い写真だけを持って、UNHCRリビアのスタッフとUNHCRのパートナーNGOは国内の全ての拘留センターを探し回りました。
 
国内に何十もある公の拘留センターには推定3,800人の難民および庇護申請者が滞在しています。一部の人々の身柄は武装集団や人身売買業者の手に渡ってしまうため、2人が見つかる可能性はごくわずかでした。
 
UNHCRの上級保護担当アシスタントであるノーア・エルシンは、やせ細って青白い顔をした2人の子どもをミスラタのカラリム拘留センターで見つけたときに、手渡されていた写真の中の幸せで健康そうな姿とはあまりにもかけ離れていたため、実際にそれがケディジャとヨナスだったことを知ってショックを受けました。
 
「まさに干し草の山の中から針を見つけるような作業でした。そして、目の前に捜している2人がいるにもかかわらず、それが本当に彼らだとはなかなか信じられませんでした」とノーアは語りました。その後すぐ、セミラは電話を受けました。ずっと待ち続けていた、2人が見つかったという電話を。
 
この家族の長い旅路は、2010年、母親のセミラがエリトリアでの迫害から逃れざるを得ない状況になったことから始まりました。彼女は、2人の子どもを見知らぬ土地へ連れていくよりも、家族のための安全な避難場所を見つけるまでは祖父母に2人を預けておいたほうがいいだろうと判断しました。それはとても難しい決断でした。
 
比較的安定した国内情勢が5年ほど続いたあと、2015年になってエリトリアの情勢はまた不安定化し、ケディジャとヨナスは国境を越えてエチオピアに逃れました。セミラは数か月の間、子どもたちと連絡が取れなくなってしまい、当時エチオピアにいたセミラの兄弟は、必死になって子どもたちを捜しました。
 
2人がエチオピアとエリトリアの国境近くにある難民キャンプにいることを突き止めた彼は、スイスに住んでいる母親と子どもたちを再会させるために全力を尽くすことを固く決意しました。
 
2017年の半ば、2人とセミラの兄弟は、セミラに会うために、危険かつ先の見えない旅に出ました。エチオピアとスーダンを行き来するトラックやバスに乗せてもらい、地中海南部の海岸になんとかたどり着こうとする3人に、過酷な気温、のどの渇き、飢えが襲いかかりました。
 
そんな中、スーダンとリビアの国境で3人の旅に暗雲が立ちこめます。密航業者に拉致されてしまうのです。その密航業者は子どもたちの母親がスイスに住んでいることを知り、解放のための身代金を要求しました。
セミラが密航業者からの金銭的要求を満たせなかったため、ケディジャとヨナスはおじから引き離されて別の密航業者に売られてしまいます。2人は、これまでにないほど過酷でひどい状況に陥りました。
 
ところが、その試練に耐えた数週間後のある日、予想外にも2人は解放されました。そして、広大なリビアの荒野に放り出されてさまよっていた2人は、同胞であるエリトリア人のグループに奇跡的に発見されて助けてもらえたのです。この一行もまた、船でヨーロッパへ行く計画を立てていて、2人を一緒に連れていくと約束してくれました。
 
結果的にその船は拿捕(だほ)され、2人はリビアに戻されて拘留されてしまいますが、そのときに2人は母親に電話をかけることができました。その電話がかかってくる直前のセミラは、心配と不安で半狂乱の状態でした。「周りの人が希望を失っても、私は昼夜をいとわず子どもたちのために祈り続けました。あの日、数か月ぶりに娘の声を聞くまでずっと……」とセミラは振り返りました。
「8年間の苦しみは消え去りました」

UNHCRが2人を発見したあと、子どもたちを母親に会わせるための人道ビザ交付がスイス政府によって同意されました。UNHCRはリビアおよびチュニジアの当局と協力して、ケディジャとヨナスの解放およびチュニジア経由でのスイスへの渡航に必要な書類を準備しました。
 
UNHCRのスタッフが子どもたちを母親のもとへ送り届ける日までに、拘留センター内では2人の話が有名になっていました。出発当日の朝、同胞のエリトリア人拘留者たちが2人のために歌ってくれる喜びの歌を耳にしながら、2人は母親の待つスイスへと旅立ちました。
 
スイス大使館から渡航の書類を受け取り、2人はチュニスで一夜を過ごしました。そして、リビアの拘留センターを出てから24時間もたたないうちに、ケディジャとヨナスはスイスに到着しました。そこには、心配しながらも興奮して子どもたちを今か今かと待っているセミラの姿がありました。

 

(動画右下の設定で字幕をオンにしていただければ、日本語字幕が表示されます)

 

空港の到着ゲートで疲れ果てた子どもたちの姿を見つけたとたん、子どもたちのことを案じ思い続けた8年間の苦しみは消え去り、セミラは子どもたちのもとへ駆けつけ、我を忘れて2人を抱きしめました。それは、安全と幸福と再会がついに実現した瞬間でした。
 
* 個人情報の保護のため、名前は全て変更されています。
 
Tarik Argaz
 
原文はこちら(英文)

Eritrean minors reunited with mother after eight-year odyssey

 


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