市民権がジョージア出身の無国籍男性に新たな扉を開く

数十年に及ぶ葛藤と叶わぬ夢の末、ついにジライルは生まれ故郷での市民権が認められました

公開日 : 2018-03-19

トビリシ(ジョージア)2018年2月12日 ― 数十年及ぶ無国籍状態によって、ジライル(24歳)は、合法的に働いたり健康保険ができなかっただけでなく、レスリングの国際試合でジョージア代表になるという長年の夢も潰されました。

何年も、彼は自分の時間のほとんどをスポーツに捧げてきましたが、チームの海外遠征への同行は決して叶いませんでした。「無国籍でいると、自分の人生が止まっているように感じます」とジライルは話します。「チームのみなが試合に行き、自分だけが取り残されるととても傷つきます。みなとレスリングの腕は変わらないのに。不平等です。」

ようやく市民権を手に入れ、やっともう一度夢を追えるようになりました。

ジライルはソビエト連邦崩壊から数年の1993年、ジョージアでアルマニア人の両親のもとに生まれました。彼が生まれてすぐ、一家はより良い機会を求めてロシアへ渡りましたが、旧ソビエトのパスポートでは市民権を得られませんでした。数年後、祖父母の面倒を見るためにジョージアへ戻ったジライルは自分が法的に無国籍であるという恐ろしい事実に直面しました。
「自分の人生が止まっているように感じます」
1993年、ジョージアは市民権法を採択し、国内居住者を国民と認定しましたが、ジライルは出生の記録が無かったため存在を証明できませんでした。他の大勢も市民権を得られませんでした。

ジライルの人生は無国籍としての認定を申請した2015年に変わりました。同年に、初めての身分証明書と渡航文書を受け取りました。

彼はUNHCRが展開する#IBelongキャンペーン(詳細はこちら(英語))1周年を記念した式典にも出席し、無国籍がどのようなものかについて話をしました。

2016年、法改正によりジライルは1993年にジョージアで生存していたことを証明できました。修正市民権法は地元当局が親類や友人等の証言に基づいて人物の生存確認を行えるようにし、このお蔭でジライルはジョージアとの強いつながりを証明できました。

2017年6月、ジライルはついに、ジョージアの市民権を得ました。
「やっと、ずっと欲しかった、ずっと夢見ていたことが実現しました」と彼は言います。「やっと人生から『停止』ボタンが無くなりました。市民になってから、医療保険が手に入り、やっと安心できます。銀行口座も作りましたし、行員に身分証を求められても、堂々と渡せました。」

ついに、ジライルは合法的に働き、世界を旅し、レスリングコーチになれます。

「コーチと地元のチームが市民権取得を初めて知った時、『君はチームの一員で、ずっとここが居場所だ』と言ってくれました。」
「この時をずっと、待っていました」
UNHCRは地元の非政府組織やジョージア政府と協働し、ジョージア国内で無国籍としての認定手続きを進めるとともにジライルのような無国籍者への関心を高める活動を行っています。無国籍としての認定手続きが導入されてから398人が無国籍と認定され、186人がジョージア市民権を得ました。

「無国籍状態の若者に言いたいのは、無国籍は解決できて僕がその証明だということです」そうジライルは語ります。「無国籍者全員に僕の感じてる幸せを体験してほしい。『一員だ』と言える幸せを。」

Valeriia Cherednichenko and Nino Kajaia

原文はこちら(英文)
Citizenship opens new world for stateless man from Georgia

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