From the Field ~難民支援の現場から~ With You No. 37より / UNHCR駐日事務所 広報官 守屋 由紀

公開日 : 2017-06-05

UNHCR 駐日事務所
広報官
守屋 由紀(もりや ゆき)

「どうして物乞いなんているの?」メキシコでのトラウマ

守屋 由紀 広報官

子どもの頃、父親の仕事の関係でメキシコに住んでいたのですが、自分と同じ年頃の物乞いの子どもからお金をせがまれるなど、嫌でも自分が「恵まれた側」であることを意識して、メキシコまで嫌いになってしまいました。しかし時がたつにつれ、彼らの境遇に思いをはせ「彼らは犠牲者なんだ」と、社会の不条理について考えるようになりました。
就職活動の際には、国連のある機関を訪問したのですが、担当者から「あなたは何ができますか?国連は即戦力を求めているんですよ」とそっけない言葉が。返す言葉がなく、すごすごと帰ってきたことを覚えています。そこでまず商社に就職し、その後法律事務所などで経験を積んでUNHCR駐日事務所代表の秘書として入職しました。

「緒方貞子時代」のUNHCRで奮闘

当時は緒方貞子さんが、UNHCRのトップ・国連難民高等弁務官として活躍されていました。緒方さんは休暇で日本に帰国しても各方面から引っ張りだこで、私はその対応に追われ目の回るような忙しさでした。でも入ってすぐに「緒方時代」を経験できたことは私にとって大きかったですね。当時は駐日事務所の体制も異なり、事務所のIT構築などインフラ整備、外務省との折衝など何でもやりました。その後一人で広報担当になったのですが、まさに千本ノックを受けているような毎日でした。でも「ある日突然家を追われた普通の人々が、人として当たり前のことを求めている。この仕事は、一人でも多くの難民を救うことにつながるんだ」と自分を鼓舞しながらがんばりました。

タイで出会ったミャンマー難民・その複雑な思い
2017年2月にはタイ西部のタムヒンに逃れているミャンマー難民を訪問してきました。ここでは主にカレン族の人々がもう20年も、三世代にも渡り避難生活を強いられています。第一世代は母国で非常に激しい迫害を受けてきましたが、若い世代はキャンプで生まれ、キャンプしか知らない。自分の母国を知らないのです。キャンプは劣悪な環境です。衣食住の多くを支援に頼るしかなく、竹で編んだだけの簡素な住居は酷暑にさらされ、雨が降れば水浸しです。キャンプの外にも出られない生活に、「人間の尊厳ってなんだろう」と考えさせられました。高齢で障がいを抱えながら孫娘を育てる女性に話を聞いたのですが、他国に定住できる「第三国定住」*の機会があっても、外国での新しい生活に不安を覚え、「自分はキャンプに残る」と表情がくもります。一方、孫の少女は「早く外国へ出たい」と思っている。こうした世代間の意見の食い違いなど、避難が長引けば長引くほど状況は難しくなると痛感しました。

「緒方貞子時代」のUNHCRで奮闘

当時は緒方貞子さんが、UNHCRのトップ・国連難民高等弁務官として活躍されていました。緒方さんは休暇で日本に帰国しても各方面から引っ張りだこで、私はその対応に追われ目の回るような忙しさでした。でも入ってすぐに「緒方時代」を経験できたことは私にとって大きかったですね。当時は駐日事務所の体制も異なり、事務所のIT構築などインフラ整備、外務省との折衝など何でもやりました。その後一人で広報担当になったのですが、まさに千本ノックを受けているような毎日でした。でも「ある日突然家を追われた普通の人々が、人として当たり前のことを求めている。この仕事は、一人でも多くの難民を救うことにつながるんだ」と自分を鼓舞しながらがんばりました。

日本もUNHCRの「フィールド」

シリア難民の少女と共に
ヨルダン・ザータリ難民キャンプでのテレビ取材の際、シリア難民の少女と共に

これまでに16か国を視察しましたが、海外から日本に帰ってくると、街も何もかもきれいだしサービスが整っていて「いかに自分が恵まれているか」を実感します。でも世界にはそうではない国が山ほどあって、そこで生まれたがために自由を奪われ迫害を受ける…。本当に胸が痛むし、そうした人のために何かしたいと常に思っています。
UNHCRの仕事は赤ちゃんからお年寄りまで、「人間」と密接に関わっています。職員は「支援を求めている人のために必要なら、既存のルールでも変えよう」という柔軟な姿勢とそうした変化に対応する能力をもっています。また、あまり知られていませんが、ここ日本にも庇護を求めて世界各地から逃れてくる人々がいます。つまり日本もUNHCRの支援活動の現場の一つなのです。

タイで出会ったミャンマー難民・その複雑な思い

2017年2月にはタイ西部のタムヒンに逃れているミャンマー難民を訪問してきました。ここでは主にカレン族の人々がもう20年も、三世代にも渡り避難生活を強いられています。第一世代は母国で非常に激しい迫害を受けてきましたが、若い世代はキャンプで生まれ、キャンプしか知らない。自分の母国を知らないのです。キャンプは劣悪な環境です。衣食住の多くを支援に頼るしかなく、竹で編んだだけの簡素な住居は酷暑にさらされ、雨が降れば水浸しです。キャンプの外にも出られない生活に、「人間の尊厳ってなんだろう」と考えさせられました。高齢で障がいを抱えながら孫娘を育てる女性に話を聞いたのですが、他国に定住できる「第三国定住」*の機会があっても、外国での新しい生活に不安を覚え、「自分はキャンプに残る」と表情がくもります。一方、孫の少女は「早く外国へ出たい」と思っている。こうした世代間の意見の食い違いなど、避難が長引けば長引くほど状況は難しくなると痛感しました。

難民問題が「人ごと」でなく「自分ごと」に

シリア難民の子どもたちと
レバノンにてシリア難民の子どもたちと

新聞や雑誌、テレビなどメディアの皆様には日ごろから本当にお世話になっています。いつも信頼第一だと思っていますし、お問い合わせいただいた時だけ情報を提供するのではなく、その後も機会を見つけて情報をお伝えするよう努めています。
最近は難民問題がメディアに取り上げられることも増えてきました。以前と比べると「海外の問題」として済ませず、「では日本の対応は?」と、自分事としての視点になってきたとも感じます。女性誌やファッション誌の関心が高まってきたのもうれしいですね。
そうした動きに加え、今の若い世代は教科書に緒方さんが載っているなど教育現場で知識を得ていますし、難民問題への関心がとても高まっています。すぐには具体的な行動に結びつかないかもしれませんが、若い世代や教育現場に向けての啓発活動はとても重要と考え、力を入れています。

「皆様の支援が、難民のチャンスにつながっている」

難民というと単に「かわいそうな人たち」と思われがちですが、例えば私が知っている日本に来られた難民の方々をみても、難民は「困難を乗り越える強さを持った人たち」だとも思います。そして皆様のご支援が、彼らに教育や自立支援などのチャンスを提供し、未来への道筋となっていることをぜひ知ってほしいです。残念ながら、人道危機は中長期化するにつれ関心が薄れ資金が集まらなくなります。そうした世界から忘れられた現場でもUNHCRが活動を続けられるのは、まさに皆様からのご支援があるからだと現場へ行くたびに実感しています。
これからは、私たちの身近な場所で難民の人々と出会う機会が増えてくるかもしれません。文化や習慣の違いを越えて、ぜひ温かく受け入れていただきたいと思っています。

*避難先で最も支援を必要としている難民を、他国(第三国)が受け入れる、恒久的解決法の一つ。

プロフィール

国連難民高等弁務官(UNHCR)駐日事務所 広報官
東京生まれ。香港、メキシコ、アメリカで暮らす。大学卒業後、総合商社、法律事務所などを経て、1996年よりUNHCR駐日事務所。2007年より広報官。世界の難民・避難民などへの理解を促し、UNHCRの活動を日本に紹介することに従事。東京をベースに、アフリカやアジアなど16か国の現場を訪問、直近の訪問地はミャンマー国境付近のタイ。

X

このウェブサイトではサイトの利便性の向上を目的にクッキーを使用します。詳細はプライバシーポリシーをご覧ください。

サイトを閲覧いただく際には、クッキーの使用に同意いただく必要があります。

同意する