特別インタビュー 作家 西 加奈子さん

公開日 : 2016-10-17

「とにかくあきらめないことやと思っています。考え続けることを。
考えるのを放棄したら、ほんとに終わってしまうと思います」

写真:西加奈子さん

昨年、作家生活10周年を記念する作品『サラバ!』で第152回直木賞を受賞された作家・西 加奈子さん。
西さんはイランで生まれ、子ども時代をエジプトで過ごされました。難民問題にも関心があるという西さんの作品の中には、様々な国籍・バックグラウンドの異なる人物が登場します。その登場人物たちへの西さんの目線は驚くほどフラットで、私たちに肩肘はらない異文化との接し方を見せてくれます。
今回は、支援者の皆様とともに“異文化との共生”について考えるきっかけとして、西さんに幼い頃のご経験や、時代と向き合うトップクリエイターのおひとりとして世界や異文化に対してどう向き合い続けているのか、お話を伺いました。

エジプトで過ごした幼い日々

イランで生まれましたが、滞在したのは1歳半までなので残念ながらイランの記憶はまったくありません。エジプトで過ごしたのは7歳から11歳まで。カイロ市内のザマレクという街で暮らしていました。ザマレクは大使館があって駐在員が住むエリア。イギリスが統治していたエリアで建物もイギリス風で。エジプトにおいては並外れて裕福なエリアでした。

 

エジプトに住んでいた頃は一番やんちゃで多感な時期でした。子ども時代の思い出は美しいものですから、余計にキラキラした時代でした。両親が多忙だったので両親の目の届かないところで地元の子どもたちとよく遊んでいました。追いかけっこしたり、兄からラジコン借りて一緒に遊んだり。言葉も通じないのに。今思うとそれがすごく不思議。きっと子どもだけしか持ってない能力というか、言語とかを超える何かで話してたんやろなって。

 

『サラバ!』の主人公の“歩”が学校に通えない貧しいエジプトの子どもたちに抱いていた感情は、エジプトにいた頃の、幼い私の思いと重なっています。「なんで自分は苦労もせずこんなきれいな服着て、すごい素敵な家に住んでいるんだろう」という恵まれている自分に対する罪悪感、恥ずかしさ。エジプトで過ごした日々は人生で一番楽しかった時期でもあり、一番ナイーブな時期でもありました。ずっと苦しくて、しかも苦しいって口にしたら絶対だめだと思ってました。生活が苦しい人は苦しいって言う権利はあるけど、恵まれてる人間が恵まれてることを苦しいって言うなんて絶対あかんって。でも太宰 治の本で「私は、故郷の家の大きさに、はにかんでいたのだ」という一文を読んで、あの頃の苦しさをなかったことにしないでおこうと思えるようになりました。

 

中東をひとくくりにしないで見ることができるのも幼い頃の経験のおかげだと思います。

 

『円卓』で書いたベトナム難民の孫 “ゴックん”

『円卓』という作品では主人公“こっこ”のクラスメートとしてベトナム難民の孫である“ゴックん”が登場します。私自身は難民の方に接したことはないのですが、ゴックんを書くにあたっては、そういうプロフィールを持ったゴックんを「他のクラスメートと同じ温度で書きたい、スペシャル扱いしたくない」と思いながら書きました。

 

実際、難民の方と接することがあるとしたら、過剰にウェルカムっていう雰囲気出すのもスペシャルすぎるし、だからと言ってその人たちの過去がなかったように接するのは嘘だし。すごく難しいと思います。でもその難しさとかやりにくさとかは「絶対に受け入れなあかん」って思います。「接するときしんどいから離れていこう」っていうのは“ナシ”。それは別に難民の方に限らないです。すごくデリケートな友だちがいて「何でキレるかわからないから面倒くさいから離れよう」っていうのはやっぱり嫌なんです。
面倒くさいと思う気持ちごとその人を愛してるから。

 

“理解できない、共感できないけど好き”という関係

シャルリー・エブド襲撃事件*1やシリアで後藤さんが誘拐*2されたときは完全に“別次元の話”として恐怖を感じてたと思うんです。でも今年のニースの事件*3に関してはトラックが人混みに突っ込んで被害が出ている。日本でも起こりうる事件なんです。だから危機感のリアリティが変わったと思います。余計イスラム教徒の方たちを守らなければとも思います。本当に美しい信仰を持ってる美しい人たちなんです。そしてイスラム教徒の若者が苦しさから「ISに入りたい」って思わせないためにどうしたらいいんやろうってすごく思うんです。それってやっぱり簡単なことで言ったら、差別をしないことじゃないでしょうか。

 

でも“差別をしない”ということを“みんな同じと思う”のも危険。無茶やし。私は“みんな違う”ところから始めたいというか。小説の感想でも「すごい共感しました」って言ってくださる方が多いんです。めちゃくちゃうれしいけど、もっとうれしい感想って「ぜんぜん共感できんかったし訳わからんかったけど大好き」なんです。それを人間同士でもできるって思うんです。「あなたの言うことすごくわかるから好き。あなたの宗教すごくわかるから好き」じゃなくて「なんでこんなおいしい豚食べられへんのか意味わからんけど、あなたのことは好き」とか。“理解できへんし、共感できないけど好き”っていう関係が今自分が考えられる限り一番目指したいものです。

 

たとえば親とか。正直、意見も趣味も合わへんし、でもやっぱり愛してるじゃないですか。それって、肉親っていうだけが理由じゃない気がして。ではそれは何かって言うと、その人がいてくれないと世界が成り立たなかったということやと思うんです。自分だけが生きてたら世界じゃないですよね。

 

人間を性善説で信じるか、性悪説で信じるかでそういうところがほんとに変わる気がします。私はもう絶対に“生まれてきただけで美しい”と思いたい。でもそれを信じなくて怖がってる人が多いから、他の国からの難民が入ってこないようにゲートを作ったりするんですよね。

 

こぼれ落ちるニュースを小説で届けたい

『サラバ!』を書くまで、エジプトのことを書きたいと思ったことがありませんでした。「アラブの春」*4がきっかけです。世界が大きく変わっていくということに対して、作家としての危機感を覚えたのかもしれません。「書かなければ」と思ったんです。『サラバ!』という作品は最初は男の子2人の言葉の壁を超えた友情の話を書きたいというところから始まりましたが、そこでエジプトのことを書こうと思ったのはアラブの春が大きかったです。

 

『円卓』(文藝春秋 2011年)
『サラバ!』(小学館 2014年)

ここ数年ニュースなどが創作の原動力になっています。ニュースに対して「どうしてだろう」とか考えています。中村文則くん*5や作家たちとニュースについて話しながら「これはなんとかせなあかん。でも私たちができることって書くことやから、大声で叫びながら書こう」とよく話しています。
小説は制約がない点で本当に恵まれてるので、この立場を利用しない手はないよねって。

 

ニュースでこぼれ落ちてしまうこと、たとえば「シリアのダルアーでデモが起こって200人亡くなりました」っていうニュースが、流れていってしまうかもしれないのを、小説だったら「あなたの国のあなたの街であなたの大切な人が200人亡くなりました」と訴えることができると思うんです。あなたや私だったかもしれないということに置き換えて。

 

そしてこの1年ぐらい作家として気持ちがすごく変わってきています。今まで自分自身に対して小説を書いていたのが、世界の情勢や世界の匂いとかを書いていると、とにかく色々な人に読んでほしいという気持ちに変わってきました。普段本を読む心の余裕のない人にどうしたら本を読んでもらえるか、ずっと考えています。

 

とにかくあきらめないことやと思っています。考え続けることを。考えるのを放棄したら、ほんとに終わってしまうと思います。

 

(取材:2016年7月20日 東京・国連UNHCR協会事務所)

 

西 加奈子(にし・かなこ)

作家、1977年5月イラン生まれ。エジプト、大阪で育つ。
2004年に『あおい』でデビュー。
『通天閣』で織田作之助賞、『ふくわらい』で河合隼雄物語賞受賞。
『きいろいゾウ』『円卓』は映画化されている。
他に『さくら』『舞台』『漁港の肉子ちゃん』など 著書多数。
2015年『サラバ!』で第152回直木賞を受賞。
 
西加奈子さん公式サイト:
http://www.nishikanako.com/

 

[*1] シャルリー・エブド襲撃事件:2015年1月、フランス・パリ市で左派系出版社「シャルリー・エブド」をカラシニコフ銃等で武装した2人組が襲撃し、編集部や警官を含む12名が死亡、約20人が負傷した事件。

[*2] 後藤さん誘拐:2015年2月、イスラム過激派組織のISILを名乗る人物が、シリアでジャーナリストの後藤健二氏を誘拐し殺害した事件。

[*3] ニースの事件:2016年7月フランス・ニース市においてフランス革命記念日を祝う花火を見物する客の列にトラックが突入し、300人近くの死傷者が発生した事件。

[*4] アラブの春: 2010年チュニジアの「ジャスミン革命」を発端とし、中東・北アフリカ地域の各国で本格化した一連の民主化運動。この大変動によって、チュニジアやエジプト、リビアでは政権が交代し、その他の国でも政府が民主化デモ側の要求を受け入れることに。

[*5] 中村文則(なかむら・ふみのり)さん:作家、1977年愛知県生れ。2002年、「銃」で新潮新人賞を受賞してデビュー。2004年、「遮光」で野間文芸新人賞、2005年、「土の中の子供」で芥川賞、2010年、『掏摸(スリ)』で大江健三郎賞を受賞。同作英語版『The Thief』はウォール・ストリート・ジャーナル紙で「Best Fiction of 2012」の10作品に選ばれた。
2014年、日本人で初めて米文学賞「David L. Goodis 賞」受賞。他に『何もかも憂鬱な夜に』『去年の冬、きみと別れ』『教団X』『私の消滅』など著書多数。
(参考・出典:外務省ウェブサイト/新潮社ウェブサイト)

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