南スーダン 独立から5年

打ち砕かれた希望と食糧危機にあえぐ子どもたち

公開日 : 2016-08-02

それはかつて、大きな喜びと希望に満ちた日でした。2011年7月9日。長い戦いの末、南スーダンが新しい国家として独立した日です。
「ついに紛争が終わった!」「私たちは自由だ」「これでようやく安心して暮らせる」。人々はどんなに希望を抱いたことでしょう。

あれから5年。今年の独立記念日には、喜びの声は聞かれませんでした。独立後も南スーダンでは戦闘が絶えず、2013年に始まった大統領派と副大統領派の戦闘は今年になってさらに激化し、7月に停戦命令が出た後も武力衝突が起こっています。多くの市民が残虐な戦闘に巻き込まれる中、貧困と食糧難のために約80万人もの人が国外に逃れ、約169万人が国内で避難生活を送っています。

難民キャンプで治療を受けるカーレタちゃん(左)

セシリアさん(26)は、南スーダンからケニアのカクマ難民キャンプに避難してきました。3人の子どものうち、カーレタちゃん(5)は深刻な栄養失調により貧血と肺炎を患い、キャンプの病院で治療を受けています。
「南スーダンの状況はひどすぎました。皆お腹を空かせていて、人々は次々に死んでいくのです。どうすることもできず、避難するしかありませんでした」。

2016年5月にカクマキャンプに逃れてきた難民の子どものうち、19%がひどい栄養失調と診断されました。WHO(世界保健機関)が「緊急事態」と定める指標の6倍もの数字です。5歳未満の子どもでは、543人中103人が深刻な栄養失調、126人が中度の栄養失調と診断される事態となっています。

セシリアは娘のカーレタを腕に抱き、医師が処方したミルクを飲むよう促しながらこう続けました。
「南スーダンに帰る準備はできています。ただし平和が戻ってからです。そして、もしまた雨不足で食糧がなくなったときに、助けが得られればの話です。私たちには学校も診療所も、何か問題が起きた際のサポートも必要です。それが実現しなければ戻ることはできません。私の子どもたちが再び被害を受けるような場所には、帰ることはできないのです」。

UNHCRからの医薬品
ジョングレイ州アコボに到着した、UNHCRからの医薬品。アコボでは医薬品が大幅に不足しており、適切な治療を受けられない患者が多くいる

UNHCRは、2016年末までに南スーダンからの難民は合わせて100万人を超えると予想しています。2016年のうちに、少なくとも約24万人が国外へ避難するとみられています。

UNHCRの難民コーディネーターとして、南スーダンを担当するアン・エンコントレ職員は訴えます。
「南スーダンの問題が、国際社会から忘れられつつあることを非常に危惧しています。支援のために必要な資金のうち、まだ15%しか集まっていないのです。この状態では、新しく到着する難民に対し、最も基本的な食糧、安全な水、教育、衛生そしてシェルターの供給などの支援を行うことも不可能です。」

ナウロちゃん(4)
深刻な栄養失調にかかり、肺炎と下痢を患うアリメリナ・ナウロちゃん(4)

南スーダンにおける政治的・社会的な混乱は改善の兆しが見えず、食糧危機は幼い子どもをはじめ、多くの人々を命の危険にさらしています。
そして避難した先でも、必要な支援を受けることができない恐れがあります。

今、南スーダンは、一刻の猶予も許されない緊急事態となっているのです。

※この記事は、2016年7月現在の情報をもとに書かれたものです。

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