UNHCRはどのようにレスボス島で若者たちの人生を変える手助けをしているか

公開日 : 2016-01-27

レスボス島に到着する保護者のいない子どもたち
ギリシャ、レスボス島 1月11日――ギリシャ・レスボス島のモリア難民受入・登録センターでは、フダ・アルシャブソーUNHCRフィールド担当官が、保護者のいない未成年者のための収容施設に顔を出すたびに、大勢の子どもたちが興奮に沸き立ちました。

 
彼らは親しみを込めて「おばちゃん! おばちゃん!」と口々にアラビア語でうれしそうに叫びます。「元気ですか?」

 
フダは、毎月新たに到着する数十人の子どもたちの世話をしていましたが、彼らの名前をすべて知っていました。女の子も見かけましたが、ほとんどが14~17歳の男の子です。

 
彼らの大多数は数日から数週間、島にとどまりました。それは、UNHCRが、パートナーNGOやギリシャ当局と共に、子どもたちがそれぞれの解決策を見つける手助けをできるようになるまでのことです。

 
「彼らはみな、助言を必要としましたが、ただおしゃべりしたいだけ、という時もありました」とフダは言いました。「子どもたちはここに到着する時には、ものすごく怖がっています。」

 
フダはUNHCRのシニア・コミュニティ・サービス・アソシエイトとして、いつもはヨルダンのアンマンを拠点に活動しています。彼女は一時的にレスボス島に派遣され、これまでと同じように、障がい者、シングル・マザー、健康に問題を抱える人、保護者がいなかったり保護者と離れ離れになった子どもたちなど、最も弱い立場に置かれた難民たちの支援をしていました。

 
彼女は仲間と共に、障がい者用の住居や医療サービスといった、難民1人ひとりの保護ニーズを特定し、その手はずを整えました。

 
UNHCRでヨルダン以外の初の任務地となったレスボス島で、フダが力を注いだのは、保護者のいない子どもたちへの取り組みでした。(フダは1月3日にUNHCRの任務を終えてヨルダンに戻りました。彼女の仕事は別のUNHCR職員が引き継いでいます。)

未成年者を特定するプロセス
未成年者を特定するプロセスは、レスボス島の浜辺で始まります。浜辺には、トルコからの、距離は短い(10キロ)けれど危険なボートの旅をしてきた数百人もの難民・移民が日々、上陸します。ボランティア、さまざまなNGOの援助ワーカー、UNHCR保護官が協力して、到着者の中から未成年者を探し出します。

 
多くの未成年者は、成人であると申告します。ギリシャや他の欧州当局によって、安全のために収容施設に入れられるのを避けるためです。彼らはたいていこれを、自由に出入りできない一種の拘留だと考えているのです。

 
そのせいで、未成年者の特定はとりわけ難しくなっています。そのため、ギリシャの島々に保護者のいない未成年者が何人到着したかについて、完全に信頼できる数字はありません。

 
しかし、子どもの難民の数は全体として増えています。国連統計によれば、現在、ギリシャを通過する難民・移民の3人に1人が子どもで、2015年初めの10人に1人から急増しています。1月~9月にかけて、欧州全域における子どもの難民の庇護申請件数は、21万4000件という記録的な数に上りました。

 
レスボス島で未成年者が特定されると、UNHCRの保護官は、島にある主な2つの難民受入・登録センターの1つであるモリアへのバス移送を手配します。

心の支えとなるフダ
フダは、こうした特定プロセスの鎖の最後の輪でした。ギリシャ当局の管理下で収容施設に移送されてきた子供たちを、彼女は門のところで迎え入れました。

 
未成年者のためのモリアの収容施設は、高い鉄条網や鉄格子の窓があり、確かに拘置所のようです。フダが1日に何度も訪れ、子どもたちとおしゃべりをしたり、ふざけたりすると、ようやく笑顔や笑い声が飛び交うようになりました。このような状況にもかかわらず、彼女の存在は子どもたちの気持ちを落ち着かせました。

子どもたちの選択への手助け
モリアでは、子どもたちはさまざまなUNHCRのNGOパートナー(PRAKSIS、METAction、Save the Children、Doctors of the Worldなど)から、食べ物を受け取り、医療や心理社会的支援、法律上の助言を受けます。

 
フダは、子どもたち1人ひとりの保護ニーズを見極めるために聞き取りを行い、彼らが自身の選択肢をきちんと理解して、次に何をすべきかを決める手助けをしました。ギリシャにとどまり、庇護申請を行う子どももいれば、正規のルートを通じて欧州のどこかで家族と再会する子どももいます。

 
11月のある日、フダはスマートフォンのメッセージアプリ「WhatsApp」を見せてくれました。そこには、レスボス島を経由して欧州北部に向かう途中で彼女に連絡してきた子どもたちのメッセージや写真が溢れていました。その旅は、彼女が思いとどまるように助言した旅でした。

 
特に、シリアのアレッポ出身のアブドゥル・カフィという13歳の男の子は、毎日音声メッセージを送ってきました。

 
「彼はモリアを去るとき、『お願いだから、ぼくのことを息子だと思ってほしい』と言ったんです」と、音声メッセージをいくつか再生しながらフダは話しました。「アテネに着いたときには、WhatsAppで『おばちゃん、こんにちは。僕は元気だよ』とメッセージをくれました。彼は今、ドイツのキャンプにいます。」

脆弱な子どもたちへの対応
シリア、イラク、アフガニスタンなどのふるさとで目にした戦闘や暴力のせいで、多くの子どもたちはトラウマを受けています。しかし、欧州への旅もまた、恐ろしいものです。レスボス島に渡るエーゲ海の航海などは、多くの難民にとっては船に乗る初めての経験であり、親や世話をする人のいないまま旅をする未成年者には、とりわけ苦痛になりかねません。

 
特に幼い子どもや脆弱な子どもは、気持ちが十分に落ち着いてアテネまで旅を続けられると判断されるまで、PRAKSISが島の主要都市のミティリニで運営する専用アパートに移送され、そこで過ごします。

 
「1~3週間、たった1人で過ごしていた子どもたちもいました」とフダは説明しました。「彼らはお腹をすかせ、疲れ果て、怯えながらやってきたのです。警察官を見ると、トルコに送り返されると思いました。言葉の壁もありました。ですから、アラビア語を話せる人に会うと、『やっと、自分のことをわかってもらえる』という目をしました。」

 
彼女は、たった1日で劇的な改善を目にすることもありました。温かい食事をとったり、着替えをしたり、一晩ぐっすり眠ることで、驚くほど効果を発揮する子どももいたのです。一方で、恐怖を乗り越えるのにもっとずっと長い時間を要する子どもや、ふるさとの家族のもとに、とにかく帰りたいという子どももいました。

 
フダはこうした子どもたちに対してじっくり時間をかけました。「まるで母親のようでした」と彼女は話しました。彼女自身、ヨルダンに帰れば、娘1人と息子2人の3人の子どもの母親です。

 
「彼らには『あなたたちの人生そのものが今まさに変わろうとしている』と話しました」と彼女は言いました。「『自分の未来について、慎重に、計画的に、そして思慮深くなければいけない』のだと。」

 
詳細はこちら(英文)
How UNHCR helps to change young lives on Lesvos
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