性的被害を受け、家を追われたコンゴ人女性が、ブルンジで難民認定を求める

公開日 : 2014-09-21

ブルンジのCishemere一時滞在センターでの、 ママ・モニーク。コンゴ民主共和国に住んでいた彼女は、武装組織に夫を殺され、自身も性的被害にあった後に、このブルンジへ避難してきました

2014年4月頃、コンゴ民主共和国東部に住んでいたママ・モニークは、4人の武装した男によって自宅から引きずり出されて、夫を殺害されたあと、性的被害にあいました。

この犯罪が行われたのは、農村やへき地ではなく、数十万人が住む都市であり、北キブ州の州都でもある、ゴマでした。それなのに、彼女の周りには、性的被害にあった彼女に救いの手を差し出したり、夫の死に対して哀悼の言葉をかけたりする者はいませんでした。そればかりか、彼女の隣人は、49歳の職業婦人である彼女を避け、まるで彼女に性的暴行をされた責任があるかのように扱いました。

まず、周辺に住む人の非難や軽蔑から逃れるため、ママ・モニークは、悄然として夫の喪に服し、6人の子どもと2人の孫を含めた家族と一緒に、湖畔の町の別の居住区に引っ越しをしました。

それでも、彼女は平和を見つけることができませんでした。なぜなら、夫を殺した武装組織が、夫が土地登記所長であったことに手がかりに追ってきたからです。彼らは、彼女の家の所有権を求めていました。

彼女は、また引っ越しをすることを決めざるを得ませんでした。最終的には、南キブ州のブカブとウビラ経由で、隣国のブルンジへ逃れることになりました。「本当にどこへ行くのかもわからなかったのです。ただ、私たちを知るゴマの地からできるだけ遠くへ行きたかったの」と、彼女は、難民申請者のためのCishemere一時滞在センターの中で、UNHCR職員に話しました。

紛争地域での性的暴行を防止するため、アンジェリーナ・ジョリーUNHCR特使らによるハイレベルのグローバルキャンペーンが立ち上がりましたが、それにも関わらずママ・モニークのような辛辣な経験は、いまだに珍しいケースではありません。問題の解決や、対策の効果を得るには、まだまだ時間がかかります。しかし、その間にも性的暴行は広範囲にわたってはびこり、性的被害を受けた生存者は、不名誉な汚名を着せられ続けています。

ママ・モニークの生活は劇的に変わりました。彼女は、ゴマで女性向けジュエリー販売のビジネスを軌道に乗せ、コンゴ民主共和国の不安定な地域であっても家族は、自活して、幸せな生活を送っていました。彼女は、この幸せな時について考えると苦しくなります。

彼女の子どもたちも辛い思いをしています。「故郷を去らなければならないことに、とても動揺しました」と、娘である18歳のミカは言います。ミカは、学校も友達も失いました。さよなら、を言わずに、すぐに故郷を去らなければならなかったことは、彼女にとってとても辛いことでした。今、彼女は中等学校で最終学年の生徒として勉強を始めるところです。そして、大学に進学し、いずれ教師になることを望んでいます。

ブルンジ到着時に、ママ・モニークとその家族は、ブジュンブラにある難民と難民申請者の保護のためのナショナル・オフィスに連絡し、Cishemere一時滞在センターへ運ばれました。そこで、彼らは難民申請者として登録されることとなったのです。彼らは、最終的に、ブルンジの東部にあるKavumu難民キャンプに移送されるでしょう。

UNHCRとそのパートナーは、新たに到着した難民に、食糧、水、避難所や医療支援を提供します。ママ・モニークは、医学的な治療や、トラウマのためのカウンセリングを受けてきました。彼女の子どもたちは、避難先でも、将来への備えや勉強を再開できることを期待しています。彼らの母親にとっては、たくさんのものを失った後に、新しい生活に馴染むことは、一層困難でしょう。

現在、ブルンジは、主にコンゴ民主共和国(約4万7800人)から、約5万人の難民を受け入れています。2013年以来、コンゴ民主共和国からの約9200人の難民申請者は、ブルンジにおいて難民認定されています。

※人名は保護のために変更されています。

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Hounded from home, raped Congolese woman seeks refugee in Burundi.

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