シリア危機2011-2015年 最前線で命を守り続けるUNHCR 国連UNHCR協会

シリアで内戦が始まったのは2011年3月
この内戦がこれほどの人道危機になるとは誰も予想できませんでした

syria_mapシリアでは、2011年の内戦勃発以来、推定22万人の命が奪われ、約1200万人が避難を強いられました。現在、2人に1人が避難に追い込まれているという緊急事態が続いています。
そして、シリアと周辺諸国の情勢の悪化が、数え切れないほど多くのシリア人を、危険に満ちた地中海・ヨーロッパへの避難の旅に駆り立てています。
UNHCRは、この未曽有の危機の最前線で人道支援を行い、避難を強いられている数百万人のシリアの人々、一人ひとりの生活を支え続けています。

難民支援にご協力下さい

シリア危機 2011年~2015年

シリア難民の人口推移

人口推移グラフ

2011年

2011年

イラク北部の難民キャンプに住む70歳のマニラ。
家族と共にシリアからイラクへ避難した日のことが今も心に焼き付いています。

 3月、シリア内戦が始まりました。
内戦が起こるまで、シリアは世界で最も多くの難民を受け入れてきた国のひとつでした。しかし、内戦により、2015年現在、難民数が最も多い国となってしまいました。
国境を越えて周辺国に避難する女性と子どもの数は年末にかけて増加しました。UNHCRはマットレス3500枚、毛布1600枚、食糧パック500個を、レバノン北部にたどり着いたシリア人家族に供給しました。

この戦争に勝者はいません。全員が敗者です。
しかし、最も高い代償を払っているのは、難民とシリア国内の罪なき被害者たちです。
―アントニオ・グテーレス 国連難民高等弁務官

2012年

2012年

ひ孫のイスラムを抱くラスメヤー。2012年にシリアから避難したラスメヤーはヨルダンの非公式居留地で4世代にわたる大家族と暮らしています。

政府と反体制派の戦闘激化により、レバノンとヨルダンに逃れる難民数が増加しました。(11月まで毎日3200人が両国へと避難)
UNHCRは、緊急援助物資を運ぶ空輸を129回実施するなど、支援を強化。また、各国政府に働きかけ、避難するシリア人が安全に国境を越えれられるよう尽力しました。各地にキャンプを設立、テント数万張と、命を救うために必要な緊急援助物資を配布しました。
2012年当時、シリア周辺国一帯に逃れた難民のうちキャンプで生活していたのは40%。そのため、UNHCRは都市部で避難生活を送る難民を対象に、レバノンでは2万7500人に特別なシェルターを提供、ヨルダンではでは最も支援を必要としていた6000家族に対し、現金支給などを実施しました。

これまでの生活は全て置いてきました。
私は年を取っているので、もう故郷を目にすることはないかもしれません。
けれど私の子どもたちが安全に故郷に戻れることを願っています。
―ラスメヤー(90才 ヨルダン在住)

2013年

2013年

サハルの息子オデイ。サハルが経営する美容院につるされたドレスの間で遊ぶ。サハルの美容院は、ザータリ難民キャンプに住むシリア人が開いた店の1つ。

3月、UNHCRが難民登録したシリア人が100万人を超え、その後も難民は急増しました。8月には、シリア人の子どもの難民登録数が100万人に達してしまいます。
ヨルダンのザータリ難民キャンプには、最大13万人のシリア難民が住むことになりました。UNHCRは一人ひとりを難民登録し、保護しました。
急増する難民のために数万張のテントを設置。また、安全とプライバシー保護のため、迅速にテントからプレハブの仮設住宅にシリア人家族を移動しました。
トイレ、学校、スーパーマーケット、病院をキャンプ内に設置。さらに、パン屋やケバブ屋、美容室など、自分したいの仕事を立ち上げるシリア難民の自立支援を実施しました。

避難した夜は、爆撃があまりにも激しく、靴を履く余裕すらありませんでした。
キャンプでの生活は楽ではありませんが、生きています。息子も無事です。水も食糧も安全もあります。
もう生きられないとも思いましたが、私たちはまだ生きています。
―サハル(美容院経営/ザータリ難民キャンプ在住)

2014年

2014年

ハナンは他の子どもたちに読み書きを教えるだけでなく、家事も手伝っています。多くの難民の子ども同様、ハナンも年齢より大人びています。

多くのシリア難民が入国した影響で、レバノンの医療および社会福祉サービス、インフラが限界に達しました。
レバノンではシリアの難民の子どもの数が公立校の受け入れ可能人数をはるかに超えたため、シリア難民の子どもの約3割しか学校に通えない事態になりました。UNHCRは2交代制の学校プログラムの拡大や特別クラスの提供により、4万1000人のシリア難民の子どもたちに新たな教育の機会を提供しました。
また、燃料引換券や越冬資金などの支給も34万1000人以上に対して実施。31万7000人以上に医療援助をおこない、温かい毛布を12万6000人に支給、13万9000人のためにシェルターを改良しました。

自分の目の届く範囲から子どもがいなくなることをとても恐れいている親もいます。家計を支えるために働かなくてはならない子どももいます。
教育は未来につながります。学校に通える私は幸運なので、空いた時間を使って学校に通えない子どもたちに勉強を教えています。
―ハナン(11歳・レバノン在住)

2015年

2015年

ハミッドの4歳の娘イスラムは、人生の半分を難民として過ごしてきました。両親や兄弟姉妹と共にヨルダン、アンマンのじめじめした地下のアパートに住んでいます。

シリア内戦が始まって以来、シリア難民を受け入れてきた周辺国(レバノン、ヨルダン、イラク、トルコ)での受け入れ対応が限界に達し、受け入れ先が圧倒的に不足する事態に陥りました。
そんな中、多くのシリア人は、愛する人、大切な家族を守るため、地中海を渡り、ヨーロッパをめざす危険で過酷な長い旅を強いられることになります。
UNHCRは、このような難民の緊急援助をおこなう他、難民キャンプ以外でも受け入れ国の都市部で暮らす難民へも保護・支援などもおこなっています。

私は法的に就労することができず、UNHCRに生活を支えてもらっています。
私たちが安全に故郷に帰れるように、国際社会にはこの戦争を解決する手助けをしてほしいです。子どもたちのために、解決が必要です。
―ハミッド(子ども5人の父親 ヨルダン在住)

長い避難生活により多くのシリア人が貯蓄を使い果たし、生活苦に陥り、路上で暮らしています。シリア難民の大半が食料を得るため、子どもたちの教育を犠牲にしています。
ヨルダンでは、シリア難民の3分の2が貧困生活を送り、大半が崩れ落ちそうな家屋に肩を寄せ合って暮らしています。

シリアでは国民の2人に1人が過酷な避難生活を強いられています。
UNHCRの難民援助にご協力下さい

シリアからトルコへ 国境を越えてきたばかりのシリア系クルド人に援助活動を行うUNHCR職員。

UNHCRの職員によって難民登録のためのインタビューを受けるシリア人女性。どのよう援助を受けられるかという説明も受ける。

*皆様のご支援は、UNHCRが最も必要性が高いと判断する援助活動に充当させていただきます。