難民を守る。難民を支える。国連UNHCR協会

国連UNHCR協会 イラク視察レポート
「私たちを忘れないで」 - イラクの子どもたちのメッセージ

国連UNHCR協会 武川ひとみ

皆さんは、イラクというとどんなイメージをお持ちでしょうか?
砂漠で灼熱の暑さの国?それとも、メソポタミア文明など「古代文明発祥の地」?または、戦争やテロの頻発する、治安の不安定なイメージでしょうか?

2019年3月、事務局長の星野をはじめ当協会の職員4名はイラクへ視察に向かいました。北部エルビルに着いて間もなく、冷たい雨が降りしきる中バハルカ国内避難民キャンプへ出発。まず、過激派組織に長く支配されていたモスルから逃れてきた、避難民の家族に話を伺いました。

ISISに捕らわれ、行方不明のままの夫。妻のサラと4人の子どもたち

サラの子どもたち。学校にも行けず、薄暗いテントで暮らす毎日

サラは26歳、4歳から9歳までの4人の子を持つ母親です。薄暗いテントへ案内され座ると、すぐ隣にぽたん、ぽたんと雨漏りの滴が落ちてきます。年々支援は減り、食糧支援もカットされて電気もほとんど通っていないという一家。あまりに厳しい状況に重苦しい空気が漂います。そしてサラはこう続けました。「夫はISISに捕まったまま、どうなったか分かりません。」
 
「行方不明」― その言葉にわずかな望みをかけたくなるのですが、家族も通訳してくれた職員も、誰一人彼が殺されたことを疑っていないようでした。殺されても遺体も見つからないことが多いのだと、職員が後から教えてくれました。

カメラの前でポーズを取ってくれたサラの子どもたち

身分を証明するものを何一つ持たず逃げてきたため、子どもたちは学校にも通えないのだそうです。…では一日何をしているの?「テレビを見ているだけです。それ以外何もすることはありません。」同じ母親としてあまりに悲しく、言葉に詰まりました。
 
モスルがISISから解放されて1年半以上が経ちます。でも人々の口から、「モスルに帰りたい」という言葉は聞かれませんでした。まだ電気も水も復旧せず、治安も良くないからです。しかし、この避難民キャンプにいても、これほど苦しい状況なのです。
 
UNHCRはパートナー団体と共に、サラのような一家の状況を改善できるよう懸命の努力を続けています。父を失い、平和な暮らしを失ったまだ幼い子どもたちに、せめて学校にだけは通えるようになってほしい。今こそ支援が必要であることを、痛いほど実感させられました。

「私たちを忘れないで」イラクの子どもたちからのメッセージ

実は今回のイラク視察の前に、名古屋のいちむら高等学校の皆さんから、イラクの子どもたちへのメッセージの寄せ書きをお預かりしていました。日ごろから難民問題に高い関心を寄せ、学校で難民への募金活動を行うなど、温かいご支援をくださっている学校です。

真っすぐな眼差しで私たちを迎えてくれた女子生徒たち

UNHCRイラク事務所を通して事前に了承を得て、そのメッセージを手渡しする日がやってきました。
冷たい小雨の降る午後、私たちを待っていてくれたのは中学校の女子生徒たち(男子は午前に授業を受けるため、残念ながら会えませんでした)。みんな手には日の丸の国旗などを掲げ、セレモニーが始まりました。事務局長の星野から寄せ書きをお渡しすると、お礼に子どもたちが歌を歌ってくれました!
 
それは、イラクの国歌と、クルドの国歌でした。この地域はエルビルというクルド人自治区です。「国を持たない最大の民族」とも言われるクルドの人々にとって、独立は長年の悲願。彼らが受けてきた苛烈な弾圧の歴史がふと頭をよぎりました。
そして、イラクの子どもたちが歌う二つの国歌を聞くことができたことを、とてもかけがえなく思いました。

Tシャツを受け取る事務局長

その後、生徒たちから私たちに託されたもの…、それは、写真のTシャツです!
表には色とりどりの手形と、そして裏には「Don’t Forget Us!」のメッセージ。
そのメッセージを見た瞬間、あえて聞こえの良い言葉を選ばなかった子どもたちの思いを感じました。
 
死ぬほどの思いをし、ISISからモスルが解放されても、多くの子どもたちは家に帰れず、何一つ状況は改善されないままです。しかし国際社会の関心は一気に薄れ、支援は減り続ける一方です。きっと子どもたちは、それを情報や数字としてでなく、苦しくなる生活を通し肌で実感しているのではと思いました。

決して忘れない。日本に帰ったら、あなたたちの思いを必ず届けますよ。何度でも。
…そう心の中で約束して、子どもたちと握手をかわし、笑顔で別れを告げました。

イラクで出会った子どもたち

約5日間の現場視察中、国内避難民キャンプ、シリア難民キャンプ、都市難民の多く暮らすエルビル市街地など、私たちは行く先々で子どもたちに出会いました。その多くは、 ISISに占領され、激しい戦闘で破壊されたモスルから避難してきた子どもたちです。親や友達を失い、故郷も家も粉々にされ、避難したまま学校に通えない…。そうした子どもたちに出会うと、どう言葉をかけていいか内心とまどいます。そして少しでも笑顔を見せてくれると、心からほっとします。

イラクの国内避難民、そしてシリアから逃れてきた難民の人々は本当に家族を大切にしていました。大人たちは子どもたちを慈しみ、子どもたちも小さい弟や妹をいじらしいほど世話していました。水や食糧、電気すらも十分にない厳しい暮らしです。でも彼らは一番大切なものが何か分かっているようにも見えました。

小学校を訪問差の際、日本の皆さんに向けてメッセージを書いてくれた少女

ニコニコして、わあっと私たちを取り囲む子どもたち。一方少し離れたところから遠慮がちにしている子も、手を振るとうれしそうに手を振り返してくれます。言葉が通じないのに一生懸命何かを話してくれる子。まだ何にも染まっていないその純粋な姿に、「この子どもたちは、将来どうなるのだろう。決して『報復』に向かわせてはいけない」と思わずにはいられませんでした。
 
家族や家を奪われ、貧困にあえぎ、学校にも通えないこと。そして未来がどうなるか分からないこと。それは不満や怒りを抱き、誰かをうらみたくなるほどの状況です。
子どもたちがこれから生きていく中で、決して過激派などの手に陥らず、誰かを傷つける道を選ばないようにするために、私たちは何ができるでしょうか。避難民の子どもたちを孤立させず、温かい手を差し伸べていくことは、世界の安定にもつながります。

UNHCRは、ISISの侵攻後ずっと閉鎖してきたモスルの事務所を、先日新たな場所に開設しました。これからはより一層、モスルの人々への支援を促進していくことができます。皆さんからの温かいご支援が届くのを、今か今かと待っている人々がいるのです。
私たちが出会った子どもたちが、あの笑顔を失わず、希望をもって生きていける社会になりますように!UNHCRはこれからも全力で援助活動にあたっていきます。

最後に、イラクの子どもたちが日本の皆さんへ向けて書いてくれたメッセージをご紹介します。

左: 日本の皆さま、私の学校(ヌール小学校)の6年生のクラスをサポートしてくれたらとてもうれしいです。私たちは英語の先生にも来てほしいし、ホワイトボード消しやその他のものでも必要なものを送ってくれたらとても助かります。(「惑星日本」の皆様へ)

中: ありがとう日本、感謝しています。

右: ようこそ日本の皆さま、私は日本人がとても好きです!

イラク危機「どうぞ、私たちを忘れないで」

モスル解放後、置き去りにされたままのイラク。想像を絶するような迫害が終わってなお、支援なしでは日々の生活もままならない人々。世界からの関心も支援も減り続けている今こそ、あなたのご支援がかけがえのない意味を持ちます。どうぞ今、温かいご支援をいただけないでしょうか。