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―リオオリンピック閉幕 ―
世界に広がったエールと、踏み出した未来への一歩

男子マラソンを140人中90位でゴールしたヨナス・キンド選手(エチオピア出身)

「まだまだこの素晴らしい熱戦を見ていたい…」。そう思われた方も多いのではないでしょうか。
2016年夏、南米で初めて開催されたリオオリンピックは、8月21日、世界中のアスリートたちの晴れやかな笑顔とともに幕を閉じました。
 
今回の大会の大きな功績の一つとして、史上初の難民選手団が結成されたことがあげられるでしょう。紛争や迫害のために家を追われ、命がけで祖国を逃れてきた10人の選手たち。難民の代表として競技場に立つ彼らの姿は世界中で大きく報道され、多くの共感の声とエールが寄せられました。
 
競技を終えた選手たちの言葉と、世界中でその活躍を見守り熱い声援を送った人々をご紹介します。

イエーシュ・ピュール・ビエル選手(南スーダン出身・男子800メートル)

同じ予選グループのケニアの選手と言葉を交わすイエーシュ選手

それは素晴らしい知らせでした!オリンピック村のイエーシュ選手のもとにかかってきた一本の電話。その声の主は、彼が約12年間生き別れになっていた母親だったのです!「お互い生きているのかどうかも全く分からなかったのです。声を聞いても最初は誰だか分かりませんでした。本当に奇跡のようで、今でも信じられません。」
南スーダンの彼の故郷で、SNSの難民選手団の記事を読んだ人が、イエーシュ選手の母の知人だったというめぐり合わせ。親子の会話は1時間もの間続きました。「母はオリンピックが何か知りませんでした。でも、私が今は遠い場所に行っており、近いうちに母のもとへ帰ってくるということは理解したようでした。努力し、良いことを続けていけば、人生には素晴らしいことが起こりうる。今そう実感しています」イエーシュ選手は満面の笑顔で話してくれました。

さらにイエーシュ選手は続けました。
「オリンピックに出場するなんて想像したこともありませんでした。僕は人生のほとんどを難民キャンプで暮らしていたのですから。オリンピックでの経験は全てが素晴らしいものでした。僕だけでなく、難民選手団10名、全員の人生を変えました。そして、世界中の人々と会って分かることは、人は皆同じだということです。置かれている状況はそれぞれ違っていても。」

ヨランデ・マビカ選手(コンゴ民主共和国出身・柔道)

「私はここで立ち止まることはありません。もっと強くなるために、これからもトレーニングを続けます。今やブラジルは私の家です。ここにとどまり、新しい人生を築いていきます。また、私のように不運な少女たちが困難を乗り越えられるよう、力になりたいと考えています。」

晴れやかな笑顔を見せるヨランデ選手。競技を終え、避難先のブラジルの道場ですぐに練習を再開した

ヨランデ選手による講習セミナーを受ける子どもたち。「私もオリンピックに出場したい!」と夢は広がる

ヨランデ選手が難民として暮らすブラジルは、移民大国とも呼ばれ、現在多くの難民を受け入れています。今回の大会では、難民選手団への温かい声援が印象的でした。
リオのダウンタウンでは、難民選手団10人の大きな壁画が描かれました。製作したアーティストの一人、セティさんは言います。「柔道家のポポル・ミセンガ選手に共感を覚えます。僕は8歳の時に目の前で母親を亡くしていて、父には会ったことがない。彼と似た生い立ちなのです」。

オリンピック期間中に完成した壁画(高さ約4メートル、長さ35メートル)。
もう一人の製作者、アーティストのロドリゴさんは言う。「私にとって、彼らはすでに金メダリストです」

ローズ・ナティケ・ロコニエン選手(南スーダン出身・女子800メートル)

レース後、アメリカの選手と互いの健闘を称えあうローズ選手(右)

「レースの結果をとてもうれしく思います。多くのチャンピオンとゴールラインまで競り合うことができたのですから。ここまでサポートし、チームに関心を寄せてくれた全ての人々に感謝したいです。これからも、能力をさらに高めるようトレーニングしていきます。」

ローズ選手の避難先ケニア・カクマ難民キャンプで、オリンピックの開会式を観戦する子どもたち

ローズ選手の弟、デイビッドくん(13)は、カクマ難民キャンプで姉の活躍を見守った。「お姉さんに早く会いたいです」

アンジェリーナ・ナダイ・ロハリス選手(南スーダン出身・女子 1,500 メートル)

「レース前は緊張して少しこわかったです。でも誰もがとてもフレンドリーで、励ましてくれました。オリンピックで最も良かったことは、世界中の人々と出会えたことです。」
アンジェリーナ選手は15年前に家族と別れたままです。「リオでの経験は、心に決めた目標は、どんなことでも達成できると教えてくれました。ケニアに戻った今、別れたままの私の家族と再会できる道を必ず見つけたいと思います。」

ヨナス・キンド選手(エチオピア出身・男子マラソン)

マラソンのゴール直後、チームメイトのラミ・アニス選手(シリア出身)と握手するヨナス選手

「この場所に立てたことは素晴らしいことでした。
オリンピックは難民へ敬意の念を示してくれました。私たちは、多くの人々の命が犠牲になったことを忘れてはいけません。今日、私は難民のために走りました。私たちは、難民もチャンスさえあれば何かを成し遂げられると示すことができました。」

閉会式に参加した、ケリー・クレメンツ国連難民副高等弁務官は語ります。
「このオリンピックで、彼らの存在が大きな功績を残したことは間違いありません。そして、平和と家を追われた人々のためにさらに力を尽くすよう、私たちUNHCR職員を大いに鼓舞してくれました。」

難民選手団とケリー副高等弁務官(後列左から6番目)

IOC(国際オリンピック委員会)のバッハ会長は、「今後のオリンピックでも難民選手団を継続する」と表明しました。4年後の2020年、夏季オリンピックは東京にやってきます。それまでに、世界の難民を取りまく状況がどう変化するのか―。その予測は簡単ではありません。
しかし、リオオリンピックを終えた今、早くも「東京オリンピックに出場する!」そんな夢を新たに描き始めた難民の声が、世界中から届いています。
多くの難民選手たちが大会前から口にした、「難民でも大きなことを成し遂げられる」という言葉。そのメッセージは、確かに世界中に届いているのです。

ケニア・ナイロビの空港で家族から出迎えを受けるジェームス・ニャン・チェンジェック選手(南スーダン出身)。多くの人々が空港につめかけ、太鼓やダンスで盛大に選手たち5名を迎えた

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