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支援の現場から/最新ニュース

ザータリ難民キャンプに見るシリア人の姿

ザータリに住む子どもたち

「難民キャンプは、そこに住む難民自身をよく表している」という言葉をUNHCRヨルダン事務所の職員の方から伺った時、膝を打つような気持になりました。なぜなら、私たちが訪れたヨルダンのザータリ難民キャンプは、困難に直面しながらもたくましく生きるシリア人の姿を体現したような場所だったからです。また同時に、そこではいまだ終わらぬ紛争の姿も浮き彫りになっていました。

2つのキャンプ設営の背景を物語る難民登録所

シリアの国境から15キロのところに位置するザータリ難民キャンプ

今も多くのシリア難民が避難してきているヨルダン。彼らがこの国に来て最初に行うのが難民登録であり、これにより医療や教育などのあらゆる支援を受けることが可能になります。巨大キャンプであるザータリの登録所はさぞ混雑しているのではと思いきや、そこは驚くほど閑散としていました。

午前中にも関わらず人がまばらだった登録所

なぜなら、2012年に設営されたザータリキャンプは、シリアの紛争開始当初から多くの難民がつめかけて飽和状態になり、現在新たに到着した難民の受け入れは行っていないからなのです。そして2014年にアズラック難民キャンプが新たに設営されることになった背景にも、実はこのような理由があるのです。

目抜き通りにあふれるエネルギー

ザータリの目抜き通り「シャンゼリゼ通り」

仮設住宅が整然と立ち並ぶアズラック難民キャンプとは対照的に、混沌とした街のような様相を呈しているザータリ難民キャンプ。そのなかでも「シャンゼリゼ通り」はそのネーミングどおり、とりわけユニークなメインストリートです。ここはシリア難民みずからがはじめたマーケットであり、道の両側には小さなお店が所狭しと並んでいます。通りを歩けば、この場所で一通りのものが手に入ることがわかるのですが、これらの品物がどこから来ているのかはよくわからないそうです。

どこからともなく運ばれてきた冷蔵庫

お昼過ぎには学校が終わったらしき子どもたちが姿を見せ、通りはさらににぎやかになりました。行きかうシリア人たちのエネルギーにあふれる姿が印象的で、しばらく通りを眺めているとキャンプだということを思わず忘れてしまいそうになります。でもそこは、長引く避難生活の中で、この地に住む人たちの必要に迫られてできた場所なのです。

キャンプでふれた、シリア人のやさしさ

実際にお会いしたシリアのダマスカス出身のご家族

今回のザータリ訪問では、そこに暮らす難民の暮らしを知るということ以外に、彼らの声を聴くという目的もありました。私たちがザータリ難民キャンプでお会いしたのは、最近キャンプ内のほかのエリアからこの仮設住宅に越してきたばかりという一家でした。お父さんとお母さん、息子さん3人と娘さん2人からなる一家は、シリアのダマスカス出身。約8万人におよぶザータリ難民キャンプの人口のうち、ダルーア出身の人たちが8割以上であることを考えると、一家のキャンプでの生活には私たちが想像する以上の疎外感が伴うのかもしれません。「近所の人は知らない人ばかり」と、不安そうな表情を見せていました。

「紛争前の人生や仕事はどんなだっただろう…いま家族はどうしているだろう…」。シリアのことを思い出さない日はないというお父さん。シリアに残してきている親族とはSNSで連絡をとっているといいます。その安否は日々確認できるものの、それで不安がなくなるわけもなく、故郷への思いは募るばかりだといいます。この一家が口にする話を耳にして、聞きたいことはたくさんあるのに言葉につまる私たち。ご家族がキャンプで暮らすようになった経緯や家族と離れて暮らすようになった理由など、ここに住んでいることの本質を聞こうとすればするほど、辛い質問になってしまうのです。それでも尋ねた質問に、ご家族はひとつひとつ丁寧に答えてくれました。

お父さんが指さしたシリアの方向。そこにははしごに腰掛ける息子さんの姿も

私たちが帰ろうと庭に出た時、お父さんは屋根の一角を指さし、何か言葉を繰り返していました。「スーリア、スーリア」という、どこか耳慣れたような音。「シリア?」と尋ねると、笑顔で首を縦に振るお父さん。その方向にシリアがあるということなのでしょう。「この人たちを少しでも元気づけたい」と心のどこかで思っていた私は、逆に元気づけられ、シリア人のやさしさに触れたような気がしました。それまで積み重ねてきたものの多くを失い、この地に逃れてきながらも、同じ言葉を持たない突然の訪問者にできる限り何かを伝えようとしてくれたことに対する感謝の気持ちを胸にお宅を後にしました。

“難民”と“私たち”を隔てる線

コミュニティセンターでお会いしたイスマイルさん。お気に入りの作品とともに

ザータリキャンプ訪問の最後に、私たちはキャンプ内のコミュニティセンターを訪れました。その一角には、紛争の中で失われゆくシリアの風景や遺跡などをミニチュアで再現しているプロジェクトから生まれた作品が一堂に会していました。この日ここにいたのは、同プロジェクトに関わっているアーティストの一人、イスマイルさん。実は協会のメールマガジンでも同プロジェクトのことを紹介したことがあった私たちにとって、実際に彼に会えたことはうれしい偶然でした。イスマイルさんは、プロジェクトのこと、ミニチュアになっている遺跡や文化財の話をじっくり話してくれました。

「デリゾールに架かっていたこの美しい橋は完全に破壊されてしまいました」と、イスマイルさん

難民/私。“難民”という言葉を使うとき、私はこれまで無意識のうちに頭の中で、このように一本の線を引いていたように思います。それは、自分と彼らの置かれた立場の違いにばかり意識が向いていたからかもしれません。でも、イスマイルさんと話をしていた時、いにしえの文化を敬う気持ちも、それをどう意味のあるプロジェクトに落とし込むかという考え方も、彼が口にした冗談も、何もかもが身近な感覚で、私たちを隔てるこの線は存在していなかったように思います。彼はシリアではインテリアデザイナーであり文化人であり、私たち日本人とそう大きく変わらない生活をしていた人だったのです。私たちと同じような人たちが、紛争によって今のような状況に追い込まれている、ということを改めて思い出した瞬間でした。

そしてそれは、同キャンプでシリアの人たちと触れ合い、言葉を交わすなかでも、たびたび感じたことです。今回の訪問を通して私は、ここに住まう難民と私たちが“違う”と思うよりも、“同じである”と思うことの方が、ずっと多かったのです。

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