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コンサートと子どもたちの輝きと
アズラック難民キャンプレポート

私たちを乗せたUNHCRの車が砂漠をひた走ります。向かうのは、ヨルダンで規模が2番目に大きいアズラック難民キャンプです。首都アンマンから離れるにつれ、人影は消え建物や緑もまばらとなり、ついには砂や岩ばかりの荒涼とした風景に。出発から約1時間半後、砂漠の真ん中にある広大なアズラック難民キャンプに到着しました。

見渡す限りの砂漠、アズラック難民キャンプ

夏には気温が50度にもなるというアズラック難民キャンプ

「こんなに何もない、辺鄙へんぴな場所にあるんだ…」アズラックに着いての正直な感想です。紛争前は緑が多く美しい国だったというシリアから、砂漠の中の難民キャンプへ。シリアの人々にとって、計り知れない変化に違いありません。アズラックは、2012年に建設されたザータリ難民キャンプが飽和状態となり、2年後に建てられたキャンプです。電力発電や汚水処理等の設備を改善するなど、ザータリでの多くの反省が生かされ、難民が暮らすシェルターの採用の際には、多くの試作品が作られたとのこと。難民にとって少しでも良い環境を提供できるよう、様々な工夫と配慮がなされたキャンプなのです。

「着のみ着のままで避難して来たとしたら…」

様々な支援物資が山積みの施設。ノルウェーのNGOが運営しています

まず向かったのは、キャンプ内で支援物資を配布する施設です。難民の多くは何も持たず着の身着のままで避難し、長い困難な旅の末に難民キャンプに到着します。キャンプでは、一家の人数に応じて決められた数量で、避難生活に必要な物資を配布します。「自分が着の身着のままで家を出てきたとしたら…」。毛布、水を入れる容器、調理器具、ソーラーランタン、オムツ、子ども用の衣類…、今目の前にある様々な物資は、どれも切実に必要なものに違いないと感じました。

難民キャンプのコミュニティセンターとは?

コミュニティセンター内の職業訓練のための部屋

「難民キャンプの中にコミュニティセンターがある」と聞いたとき、正直どんな役割なのかあまりイメージがわかなかったのですが、実際に訪れてその充実した設備とプログラムには驚きました。絵本やぬいぐるみ、おもちゃなどが置かれた子どものための部屋には、タブレットも設置され、ヨルダン国外ともスカイプができるとのこと。シリアに残る家族や友人とつながる場所があることは、どんなに心強いことでしょう。また、洋裁やコンピューター、美容師の技術を学ぶ職業訓練もあり、難民の自立支援につながっています。一方、カウンセリングやトラウマケアなど精神面での支援も行っており、難民キャンプに暮らす人々の多様なニーズに応えた支援を提供し、重要な役割を果たしていることを実感しました。

SUGIZOさん、ヨルダンで初のミニコンサート!

前に詰めかけた男性と子どもたち。女性たちは後ろのほうで音楽に合わせて口ずさんだり、体を揺らしていました

そして、なんといってもこの日のハイライトは、今回同行いただいた日本の著名なアーティスト、SUGIZOさん*1 によるミニコンサートです。会場に着くと、すでにそこには多くの子どもたちが集まっていました。「外国から誰かやって来たよ!何が始まるの?」早くも期待が高まっているのが感じられます。続々と人が集まり、会場がぎっしりと埋まったところでコンサートは始まりました。マイクもアンプもない中、SUGIZOさんの澄んだヴァイオリンの音が響きます。この日みんなで一緒に歌えるように、SUGIZOさんは中東の有名な曲「マウテニー」*2 など数曲を準備していました。

*1:ロックバンド「LUNA SEA」、「X JAPAN」のメンバーとして世界で活躍するアーティスト。
*2:アラビア語で「わが祖国」の意。アラブの大地と人々を讃える曲。

外国からのアーティストの演奏にどんな反応をするのだろう、と実は少し気がかりでもあったのですが、そんな心配は無用でした。次第に一緒に歌い始めた大人たち。はじけるような笑顔で大騒ぎの子どもたち。演奏後の大歓声。集まった難民の人々とのミニコンサートは、大盛り上がりとなり大成功でした!私も一緒に歌い手拍子をしながら、会場の人々の心が1つになっていくのを感じ、思わず胸がいっぱいになりました。終了後も子どもたちは興奮さめやらず、私たちの車を取り囲んで追いかけてくるほどでした。
「世界中から取材チームがやってくるけれど、いつもつらい質問をされるばかり。あなたたちは、このキャンプの人々に楽しい時間を提供してくれた。本当にありがとう!」同行していたUNHCR職員のオルガさんからかけられた言葉は、今も忘れることができません。

気さくな SUGIZOさんはどこへ行っても大人気

今回うれしかったことの1つに、オルガさんをはじめ多くの素晴らしいUNHCR職員と会えたことがあります。どの職員が語る言葉にも、難民に対する温かい眼差しが感じられ、過酷な現場にもかかわらず、ユーモアを交え誰に対しても明るく接する姿がとても印象的でした。子どもたちがまとわりつき、大人が相談を持ちかける光景を見ながら、こうしたUNHCR職員1人ひとりに多くの難民が支えられ、勇気づけられているのだと感じました。

子どもたちの笑顔のかげで

抱き着いたり頬にキスしてきたりと、とにかく人なつこいシリアの子どもたち

今回の視察中、どこへ行っても熱烈な歓迎をしてくれた子どもたち。その屈託のない笑顔を見ているうちに、「この子どもたちが1人残らず難民だなんて…。シリアではいったいどんなつらい体験をしてきたのだろう。」という思いが、胸の中でどんどん大きくなっていきました。
 
2児の母である私自身の子どもたちと、一見何も変わらないように見えた子どもたち。しかし彼らは、大切な家族や友だち、安心して暮らせる家などすでに多くのものを失っています。「この子どもたちの将来はどうなるのだろう。この笑顔もいつかかげってしまう日が来るのだろうか。平和が戻ったシリアに帰る日まで、私たち大人がこの子どもたちを支え、守らなければいけない」。
胸に刻み込まれたその強い思いは、日本に帰国し日常に戻ってからも、難民支援に取り組む私の背中を押し続けています。

難民の一家が暮らすシェルターの前で。近所の子どもたちも集まってきて「ハイ・チーズ!」

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