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UNHCRの協力がアフガン難民とイランの村に水をもたらす

 

新しい水道システムのおかげで、サルヴェスタン難民キャンプの自宅で花や植物を育てられるようになったファルザネー

新しい水道システムのおかげで、サルヴェスタン難民キャンプの自宅で花や植物を育てられるようになったファルザネー

コブラ・ルースタは、毎朝夜明けには起き、夫が牧草地にヤギを連れ出すのを手伝っています。彼女は家を掃除し、家族のために食事をつくります。午後は、2人の小さな息子たちの世話をして過ごします。

 

コブラはイラン人で、アフガン難民約1万人に住居を提供するサルヴェスタン難民キャンプの近くの町に住んでいます。難民キャンプは、イラン・イスラム共和国、ファールス州のシーラ

ーズから1時間ほど車で走ったところにあります。

 

彼女の生活は苦しいものですが、今はあることが彼女を笑顔にします。「ここ数か月、私たちは24時間、自宅の蛇口からきれいな水を手に入れることができています。これは私たちにとって新しいことで、水圧もとてもよいです」とコブラは家事の合間に説明します。「これで私たちの生活はとてもよくなりました。」

町に水を届けるUNHCRの水道システム

UNHCRとイラン内務省外国人・移民局によって建設された深さ300メートルの新しい井戸が、サルヴェスタンに水を供給しています。政府はまた、コブラの住む村を含む、隣接する4つの村に水圧管路をつなぎ、切望されていた水を住民約2000人に供給しました。

 

地元住民は、青々とした牧草地が彼らのコミュニティを囲っていた「昔」を思い出します。ここ20年間にわたって、地下水が干上がるのに伴い、多くの村が砂漠化の影響を受けてきました。

 

コブラの夫のベーヤー・カゼミが午後の暑さの中で帰宅するとき、彼は水を必要としているヤギ100匹を連れています。「難民たちのおかげで、きれいな水が提供されていると聞いています」と彼は言います。「私たちは、アフガニスタンで問題があったためにここに来たということ以外、彼らについてよく知りません。私たちの国が彼らに安全を提供したことを、うれしく思います。」

サルヴェスタン難民キャンプの歴史

イラン政府は、ソヴィエト占領の間に発生したアフガン難民約1万人を庇護するため、1985年にサルヴェスタン難民キャンプを開設しました。キャンプはまた、何年にもわたってイラク難民約1万2000人を受け入れ、2002年には、タリバン政権の陥落を受けて、新しいアフガン難民の一波を受け入れました。キャンプは、近くの泉に水を頼っていましたが、2004年に泉が干上がったため、政府はキャンプを撤去しました。

 

イランにいる難民約100万人のほとんどは都市部に住んでいますが、政府はサルヴェスタン・キャンプを2008年に再びアフガン難民に開放し、現在は600人以上がそこに住んでいます。最初は、難民たちはサルヴェスタンの町からパイプで運ばれる限られた量の水に頼っており、政府とUNHCRは、数年間にわたって1日に何トラック分もの水を運び入れなければなりませんでした。

 

しかし、2014年、UNHCRとイラン内務省外国人・移民局が確かな水源を掘り当て、この大切な資源を分配するため、パイプを建設しました。今ではコブラや、ファルザネー・ヌーリのようなアフガン難民が活用しています。ファルザネーには、今では自宅で必要な分の水と、家を明るくする小さな庭の植物を育てるために使う分の水まであるのです。

 

しかし、彼女が2年前に体が不自由な夫と4人の子供と共に到着したときは、難民キャンプでの状況は大変厳しいものでした。ファルザネーの一家は、カブール近辺の自宅から14年前に避難し、イラン東部の港町であるバンダル・アッバースに留まったのち、シーラーズに引っ越してきました。

 

ファルザネーの夫は、アフガニスタンでけがを負ったために働くことができず、彼女は家族を養うために苦労していました。彼らはイラン内務省外国人・移民局に要請し、2012年にサルヴェスタンに移転し、そこで政府により住居・食べ物・保健医療を提供されるようになりました。

地元のコミュニティにも利便を提供

ファルザネーは、当時の苦労を思い出します。「水トラックは常にいるわけではありませんでした。時々、水なしで何日間も過ごすこともありました。」時に一家は、果物や野菜を洗うことができず、食べられないこともありました。しかし、彼女はコブラと同様に、新しい水道システムは大きな変化だったと述べました。

 

「水道が通って以来、食中毒は減少し、家を掃除できるようにもなり、キャンプでの子供の皮膚疾患はほとんどなくなりました」とファルザネーは言います。難民たちは、小規模な畑で野菜や果物を栽培したり、鶏を育て始めました。

 

「イランは親切にも、30年以上にわたって、最大の難民のコミュニティのひとつを受け入れています」と、UNHCRのイラン事務所のシヴァンカ・ダナパラが言います。「私たちは、難民たちが安全に故郷に戻ることができる状況を確保するために働いています。また、その間に、受け入れ先の国に対して難民の存在が有益であることを保障するため、重要なサービスを受け入れ先のコミュニティと難民たちの両方に提供するプロジェクトを通して努力を重ねています。」

 

詳細はこちらから。(英文)

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