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トルコで最新かつ最大のキャンプへの移住を促されたコバニ難民

シリアの紛争を逃れてトルコの地へ

トルコ南部のSuracキャンプにあるテントの外に立つ、エイシャ、ワザムとその6人の子どもたち。新たに開かれた難民キャンプについて耳にした彼らはそこへ行き、数時間のうちに登録され、テントを割り当てられた。エイシャはいつかシリアに戻ることを望んでいるが、現在この家族は他に行き場はない。

トルコ南部のSuracキャンプにあるテントの外に立つ、エイシャ、ワザムとその6人の子どもたち。新たに開かれた難民キャンプについて耳にした彼らはそこへ行き、数時間のうちに登録され、テントを割り当てられた。エイシャはいつかシリアに戻ることを望んでいるが、現在この家族は他に行き場はない。

エイシャとその夫、6人の子どもたちは、国境付近のコバニから来た何万人ものシリア難民を保護するため2015年1月末に開かれたトルコで最も新しく大きな難民キャンプに初めてやってきた家族のひとつです。

 

2014年9月から2015年1月まで武装集団とシリア系クルド人軍隊で起きた戦闘によって、コバニからトルコへ逃れてきた推定19万2000人のうち、3万5000人に対してテントの提供ができるこのキャンプに、これまでに約5000人が移住しました。トルコのシリア難民150万人の大部分は都心に住んでいますが、援助なしで生きることはとても大変なことで、そのため現地の当局はより多くの人々を周りの地域からSurucキャンプへ移住させるように努めています。

 

一家全員でSurucキャンプへ

2015年1月25日にテントが開かれてから、エイシャと51歳の夫ワザム、彼らの子どもたち(年齢幅が生後18か月から13歳の10代の少女と5人の少年)は、すぐにそこへ向かいました。2014年末に彼らのふるさとRaqqa州から逃れ、東部シリアそしてトルコで必死に生き延び、仕方なくSurucに移ってきました。

 

「私たちはどこへ行けばよかったのでしょう?ここに来るしかなかったのです」と、38歳のエイシャは落ちつかない幼い息子を抱えながら話します。彼らはこのキャンプのことについて、設備が整っていて部屋が十分にあると友達や近隣の人から聞きました。決定的なのは、ここは無料で住むことができると聞いたことでした。「私たちは家賃を払うお金はありません。また家もありません。砂糖を買うお金さえないのです」とエイシャは説明しました。

 

この家族がキャンプの事務局に登録してもらうまで大きなテントで待っていたとき、UNHCRはエイシャ一家全員に会いました。彼らの個人詳細はコンピューターのデータベースに取り込まれ、顔写真や指紋が登録されてから、家族用テントや、調理器具、マットレス、毛布などの支援物資が割り当てられました。

 

キャンプへの移住を促進

テントが立ち並ぶこのキャンプでは、難民23万人に対して、政府がトルコの至るところに設置した24か所のうちの1つです。基本的にうまく運営されており、店、レストラン、建設中の学校、水供給ネットワーク、電気供給、消防署などがある安全で小さな町です。しかしこれほど魅力的な設備があるにもかかわらず、Surucに移住する人々の数は予想を下回っています。

 

キャンプ監督者のメメタイ・オジェミーは、Surucという言葉やその設備、比較的良好な生活条件が難民の間にそれほど広まっていないことを指摘しました。「問題は難民たちがこのキャンプでの暮らしに関心がないことです」と彼は説明しました。そこでシリア人をSurucキャンプに移住するよう促すパンフレットを作り、街の近くで配布しています。

 

キャンプを管理するトルコ政府の「災害・緊急事態管理機関」も町や村でこのキャンプを宣伝するように地元の指導者たちに促しながらSurucとUrfa付近のコミュニティに働きかけています。
オジェミーはこれらの努力が実を結び、キャンプのテント7000張が3月までに満員になることを期待しています。「私たちはこの仕事に真剣に取り組んでいます」と彼は協調しました。

 

Surucキャンプに移住しないワケ

政府によるキャンペーン活動の対象になるのは、移住するように奨励されているキャンプから14キロ離れた場所にあるSaygin村に住む難民たちも含まれます。しかし今のところ彼らのほとんどが移住を拒否しています。

 

「キャンプのほうが良いというのは知っていますが、私はここにいたいのです」、と22歳のコバニからきた難民レイラは言いました。その土地のはずれにある彼女の仮設テントの外に立ちながら言い、特に雨が降ると地面がぬかるんでしまう過酷な生活条件であることを認めました。しかし「基本的には快適」で自分の家のようだと言い、「キャンプほど混んではいません」と補足しました。

 

ふるさとではないキャンプ

テントが密集し、直角に交差する砂利道の続くSurucでは、エイシャと彼女の家族は自分たちのIDカードを受け取り、到着から数時間でテントに案内されました。

 

キャンプの従業員6人程が、最近到着したばかりの人々に配る物資をトラックの荷台からすばやくおろしました。エイシャがテントに着いてすぐ、収縮包装されたまくらやマットレス、食器棚、ポット、鍋が入り口に積み上げられました。

 

タバコを吸い、息子をあやしながら、エイシャはもうひとつの書類に署名し、娘は棚に新しい皿を積み上げました。その日の夕方には、温かい食事を配布するミニバスがエイシャの新居付近の道路に到着しました。

 

この温かい歓迎にもかかわらず、このキャンプはRaqqaにあるエイシャの家の代わりにはならないのです。

 

「もし何キロもの金をもらっても、私は家だと感じることはできないでしょう」、と積み上げられた救援物資に囲まれて彼女は言いました。「これらすべてを与えてくれましたが、まだ喜ぶことさえできません。」

 

詳細はこちらから(英文)

 

 

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