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支援の現場から

1年が経過し、生活再建に苦心するサイクロン・イダイの避難民

モザンビークで生き延びた人々は今も、生活を再建しようと努力しています。彼らの復興を手助けし、気候変動に影響されるその他の国々を支えるため、さらなる支援が必要です

モザンビークのサヴァーン居住地にて、自分たちのテントの前に立つサイクロン・イダイによって避難した家族

1年前、モザンビークをサイクロン・イダイが襲った時、漁師のジョゼ・マルチーニョはより高いところへ逃れました。彼の命は助かりましたが、すべての所有物を失いました。政府は彼と家族を内陸側へ再定住させましたが、彼は恐怖を抱きながらも、定期的にかつて住んでいた近隣に戻り、漁網修理の仕事をしています。

 
ベイラ(モザンビーク)2020年3月13日 ― 「漁網とカヌーを失いました。私には何も残されていません。家も破壊されました」と、サイクロンで引き裂かれて放置された古く錆びた鉄板で建てた掘っ立て小屋から、ほんの数メートル先の海を注意深く見つめながら、彼は言いました。

 
「しかし、家族を養うため、私はここにいます。」

700人を受け入れるムトゥア居住地にあるテントの前で、妻アンジェリーナ(31歳)、娘ローラ(12歳)、ルイーザ(14歳)とポーズをとるジョゼ・マルチーニョ(43歳)。彼らは1年前のサイクロン・イダイの後、移転して来た

昨年3月14日、イダイがモザンビークを襲い、この国とマラウイ、ジンバブエで600人以上の命が奪われました。その数週間後にサイクロン・ケネスが直撃し、合計で220万人が避難を強いられました。気候変動とインド洋沿いに伸びるこの国の長い海岸線によって、モザンビークはさらにサイクロンの危機にさらされる傾向にあるのです。

 
UNHCRは、他の支援団体と密接に連携し、援助対応を開始しました。ジョゼと家族は最終的に、ソファラ地域の首都ベイラから約54キロメートル離れている、このサイクロンで最も被害が大きかった地域にある6か所の居住地の1つ、ムトゥア居住地に移送されました。

「世界はサイクロン・イダイで被災した人々を忘れてはいけません」

ノバプライア界隈にある、自分の家の前で漁網を修理するジョゼ・マルチーニョ(43歳)。彼と家族は1年前、サイクロン・イダイで大きな被害を受けた

9万3,000人以上がUNHCRとその他の人道支援団体が援助活動を続けるこれらの居住地に移動しました。UNHCRはシェルターと救援物資を提供し、特に子どもや女性、高齢者といった生存者の様子を見守り、カウンセリングを行いました。緊急事態は過ぎましたが、完全に回復するためにはさらなる支援が必要だとUNHCRは言及します。

 
「世界はサイクロン・イダイで被災した人々を忘れてはいけません。そう、彼らは援助を受け取っていますが、さらなる支援がまだ必要です。彼らには仕事も必要ですし、家も、生活も再建しなければなりません。子どもたちを学校へ通わせる必要もあります」とベイラで活動するイヴォン・カチーザUNHCR保護担当官補は述べました。

(動画右下の設定で字幕をオンにしていただければ、日本語字幕が表示されます)

「ここにいるほとんどの人々はすべてを失いました」と彼女は語りました。現在、居住地は厳しい状況です。近隣に病院はなく、基本的な保健センターしかありません。女性たちはテントで出産し、子どもたちは長距離を歩いて通学しなければならないのです。

「サイクロン以前の生活は順調でした」

サヴァーン居住地にて洗濯をするアメリアの娘ローザ(8歳)

居住地の1つで暮らす3人の子どもの母親アメリア・イライアスは諸問題をじかに分かっています。イダイの前、彼女と家族はベイラで家具とテレビ付きの家を借り、自分たちの土地を買うために貯金していました。彼女には仕事があり、夫もまた働いていました。

 
「サイクロン以前の生活は順調でした」とこの26歳は語りました。「ここ居住地での生活は困難です。私たちは働くことができず、生活の糧がないのですから。」

 
何か起こったのか、その記憶は今でも鮮明です。

サヴァーン居住地の家の前でポーズをとるアメリアと夫のアルメイダ・ホア(34歳)、彼らの子どもローザ(8歳)、イライアス(4歳)とアルフソフィーナ(1歳)。彼らは1年前のサイクロン・イダイの後、政府によってこの地に移転した

始まりどうだったのか、ラジオがサイクロンの警告を住民に告げたのをジョゼは覚えています。雨が降り、今までに見たことがない強風が吹きましたが、人々は懐疑的だった、と彼は語ります。なぜなら、人々は今までもサイクロンを生き延びて来たからです。

「サイクロンが再び戻ってきたら、私は逃げるでしょう」

「家にいると、7時頃に嵐が始まりました。徐々にひどくなっていったのです」と彼は語りました。そして、「すぐに海から水が来ました。屋根のシートは家から吹き飛びました」と付け加えました。

 
ジョゼは家族を捕まえ、嵐から逃れてより高いところを探す他の人々に加わりました。彼らは学校で一晩過ごした後、サモラ・マシェル宿泊センターに移送され、温かい食事とシェルターを受け取りました。

 
家族が無事でジョゼは嬉しく思っていますが、海からほんの数メートルの場所で自分の漁網を縫っていると、ジレンマに直面します。

 
「ムトゥアでの生活の状況はとても厳しいです。ここ、海のそばにいれば、私はどうにかして子どもたちのために何かしら得ることができます」と彼は語りました。「私は怖いです。サイクロンが再び戻ってきたら、私は逃げるでしょう。」

アメリアと娘アルソフィーナ(1歳半)、サヴァーン居住地にて

Catherine Wachiaya

 
原文はこちら(英文)
One year on, people displaced by Cyclone Idai struggle to rebuild

サイクロン・イダイ発生から1年
誰ひとり、置き去りにしない

2019年3月、アフリカ南部モザンビーク、ジンバブエ、マラウイに激しい雨と風をもたらすサイクロン・イダイが襲来しました。この大災害から1年となる今も、被災地には厳しい避難生活を強いられている人々がいて、UNHCRは現地で支援活動を継続しています。

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