国連UNHCR協会は、UNHCR(国連難民高等弁務官事務所)の公式支援窓口です。 《寄付は税控除の対象になります。》

  • 0120-540-732(平日10:00-19:00)
  • メニューを開く

支援する・参加する・広める/みんなの声

SUGIZOさん×渋谷ザニーさん対談
「難民のことを知って、世界と関わろう」

音楽やファッションのように、難民のことを知ることは、世界のいろいろな人々と関わっていけるということ。その快感を、みんなと共有したい。

国連UNHCR協会の活動に日頃からご協力をいただいているミュージシャンのSUGIZOさんとファッションデザイナーでミャンマー出身の渋谷ザニーさんの対談が実現しました。身近な「家族」をテーマに、難民問題及びこれからできる難民支援について語り合いました。また、当協会 広報委員でラジオ DJ の武村貴世子さんはファシリテーターとして参加しました。

 

taidan-1

 

武村貴世子さん
SUGIZOさんにとってザニーさんが初めてお会いした難民体験のある方だそうですね。お互いの第一印象はどうでしたか?

 

SUGIZOさん:
ザニーさんの印象は、とにかく明るくてポジティブな人だな、ということでした。難民の方というのは、とにかく苦しい、ギリギリの生活をしていて、将来に不安を持っていらっしゃるのだろうという先入観があったので、希望に満ちた方なのだということが新鮮でした。東日本大震災の被災者の方もそうなのですが、「前に前に」と進んでいく精神をお持ちの方だということに感動しました。

 

ザニーさん
自分の力で未来を切り開いていくというのは、両親の影響だと思います。今の世界情勢の中で、紛争から逃れたり、迫害の対象となった当事者が、その経験を乗り越えた時の快感が、表情となって表れているのだと感じます。

 

僕にとっては、中学校2年生の時に「STORM (LUNA SEAの曲)」のCDを買ったのが、SUGIZOさんとの「出会い」でした。その十何年も後に、友人を通してこうして直接お会いする機会が持てて、僕にとっては青春の一部分を生きているようです。10代の頃の自分に見せたいくらいです。ライブなどにも行かせていただいています。

 

SUGIZOさん:
音楽を通じて力を分けることができるならば、自分としてはそれが本望です。それこそが音楽の存在の意義だと思います。自分にとってもそうですから。若い頃から、「もうだめだ」という時に、音楽に救われています。特にクリエイティブな人にとっては、音楽は一種のインスピレーションとなりますね。

 

ザニーさん
SUGIZOさんと会話したりすることによって、やはり影響を受けますね。両親からの影響もそうなのですが、自分を肯定してくれる人からは、影響を受けやすいです。特に家族は、「守ってあげたい」という気持ちから接してくれるものですから。

 

SUGIZOさん:
そうですね、自分も娘とはいつもそばにいたいし、娘からも心を許せる相手として見てほしいと思います。

 

武村貴世子さん
SUGIZOさんは昨年J-FUNユースが主催したイベント「WHY BLUE? 2013」にお嬢様といらしてくださいましたね。ご家族を連れて行こうと思われた理由は?

 

SUGIZOさん:

taidan-3

自分が素晴らしいと思うことはいつも家族とシェアしたい、そういう気持ちからです。娘もその後、難民関連のニュースやイベントなどを見ると「難民のことやってるよ」と教えてくれます。

 

子どもの頃は難民のこととか、世界情勢についてはあまり考えなかったけれど、大人になるとやはりいろいろな疑問がでてきますよね。

 

世の中は本当に平和なのかな、とか。日本にいるとそう思えても、ちょっと外に目を向けてみると、決してそうではないようだと感じたり。少し世界に目を向けるとそうではないんだということを、共有しなくてはならないと思うんですよね。

 

武村貴世子さん
ザニーさんは昨年20年ぶりにミャンマーに帰られたそうですね。難民でなくなったときの感覚や感動を教えてください。

 

ザニーさんtaidan-4

ミャンマーの土地を自分の足で踏んだ瞬間(注1)、「難民」という衣がはがされた感覚をおぼえましたね。なんというか、そこの香りとか風とかによって、「難民」という肩書を捨てることができた、そういう感動ですね。

 

「難民」ということばは「民」という字を使いますが、民族ではありません。ある一種の状況に置かれて、「難民」となってしまうということですから。

 

その肩書きを捨てることができる感動・快感を、今難民として生きている皆さんにも味わってほしいですね。

 

僕は8歳で日本に来て、17歳の時に難民認定(注2)を受けていますから、ともすれば他の難民の方ほど苦労していないのかもしれません。でも、難民としての経験を理解することはできます。だからこそ、自分は単なるデザイナーとしてだけ生きていくだけでなく、ミャンマーの出身である、難民であった経験がある、ということを忘れずに、難民のことを広めていく使命があり、今後も関わっていく必要性があると感じています。

 

SUGIZOさん:
ザニーさんの話には、本当に共感できますね。難民であったということを使命としてポジティブなことに変えているし、それは運命をも変えている気がします。そんなザニーさんを見ていると、ご両親もとても素敵な方々なのだろうなと思いますね。情熱や信念を持って生きている、そう感じます。自分も生まれていた国が違ったならば、そのような立場にいたかもしれないと思います。考えようによっては、ザニーさんには二つのふるさとがあることになりますよね。ミャンマーと日本と。ポジティブにとらえるとすると、そういう見方ができます。今の時代はそういう人は多くなってきているのかもしれません。地球はひとつですから。

 

武村貴世子さん
今後はどのような難民支援活動をしていきたいと思いますか?

 

ザニーさん
僕はまずは難民のことを知ることから始まると思います。難民の人は日本にも多くいます。そういうことも、まずは知ってもらわないといけないと考えています。

 

SUGIZOさん:
自分ももっと知りたい、と思いますね。直接話ができるように知り合いたいし、できれば直接現地を訪れたい。被災地の復興活動でもそうなんですけど、体感しないと分からないことが多いし、訪れないと一体化するのは難しいと思うんですよね。

 

具体的にみんなに何ができるかというと、やっぱり寄付することだと思います。お金は支援物資につながるし、力になるから。でもできれば、現地を訪れたいし、みんなにもしてほしいです。そして、みんなで一緒に音楽もしたい。これはザニーさんといつも話していることなんですけど。

 

ザニーさん
そうなんです。僕もぜひ一緒に難民キャンプに行ってSUGIZOさんの演奏が聴きたいし、コラボレーションしたいです。そういうポジティブなことをみんなと共有したいです。やっぱり難民のことって遠い国のことでよくわからないと思われがちだし、おうちで家族と難民について語るとか、難しいと思うんですよね。それでも、どうしたら難民について知ることができるんだろう、どうやって勉強できるだろうと考えてみてほしいです。

 

SUGIZOさん:
日本人、特に僕らの世代は、日本の高度成長期に育ったこともあって、自分が幸せになることにフォーカスがいきすぎているような気がします。でも人として生きていくということは、やっぱり他者と関連性を持って生きていくことだと思う。だから毎日30分だけでもいいから、他者を考えたり、遠いところにいる人々の生活に想いを馳せるのは、素敵なことだと思うんですよね。自分は、難民のことについて勉強していると不思議と落ち着くし、少し寛大になれているような気がします。やっぱり自分が成長できるので、勉強することが自分に返ってきていて、そこから得ることは大きいのだと感じます。そのことを、ぜひ今後もみんなにシェアして伝えていきたいと考えています。

 

taidan-5

 

注1)ミャンマーが民主化したため、入国が可能となった
注2)条約による難民認定ではなく、人道的配慮による特別在留許可

 

対談動画

プロフィール

SUGIZO
ロックバンドLUNA SEAとX JAPANのギタリスト、ヴァイオリニスト。2011年よりUNHCR(国連難民高等弁務官事務所)や国連UNHCR協会のイベントに参加し、2013年には六本木ヒルズアリーナで行われた「One Planet Festival×Tokyo」のトークイベントにゲスト出演。

 

 

渋谷ザニー(国連UNHCR協会 広報委員)
ミャンマーで生まれ、8歳の時に軍事政権の弾圧を逃れるため家族と共に日本へ。
新進気鋭のファッションデザイナーとして、ウェディングドレス、イブニングドレス、映画、ドラマ、ミュージシャンの舞台衣装デザイン等を手がける。ファッションデザインの活動のみならず、国連UNHCR協会や日本財団との慈善活動にもライフワークとして熱心に取り組んでいる。

 

 

一覧ページへ戻る

国連UNHCR協会について
UNHCRを知る
UNHCRを支援する