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【ナンセン難民賞2018年受賞】
南スーダンの病院で何でもこなす人気者のエヴァン・アタール・アダーハ外科医

ナンセン難民賞 授賞式 Facebook Liveが実施されました!

10/1(現地時間)スイス・ジュネーブで開催されたUNHCRナンセン賞授賞式がFacebook Liveで生放送されました。授賞式には、アタール医師はもちろんのこと、UNHCR親善大使のケイト・ブランシェットも登場。生放送は終了しましたが、このFacebook Liveは録画でもお楽しみいただけます。以下のURLより、ぜひご覧ください。
URLは https://www.facebook.com/UNHCR/videos/1450921818344561/
※Facebook LiveはUNHCR本部のFacebookアカウントから放送、言語は英語となります。ご了承ください。

エヴァン・アタール・アダーハ医師は、南スーダンの緊迫し不安定な地域にいる最も困窮した人々へ、ヘルスケアを届ける活動に身を捧げています

マバン病院にたどり着いて以来、900人以上の赤ん坊を分娩させた、と語るアタール医師

ブンジ(南スーダン)2018年9月25日 ― エヴァン・アタール・アダーハ医師の肩書は、外科主任兼医長です。彼は事務室を持っていません。彼は腰を落ち着かせたくないのです。

休むことを知らない医師

彼は1日に10回の手術を執行します。立ったまま時間を過ごし、患者の手配をする看護師たちを手助けします。そして、銃撃で傷ついた患者からマラリアに苦しむ人、新生児まで、あらゆる人々を診察します。

 
彼はしばしば、最初に手術室にいて、重金属の手術台を設置します。彼は新生児の病棟で生まれたばかりの赤ちゃんをあやしているところを目撃されます。最近では、ある夜、彼が裸足で手術台に立ち、歌を歌いながら天井の照明を直しているところを同僚が目撃しました。

 
「私たちは命を救うためにここにいるのです。座るためではありません」と、ミドルネームで知られているアタール医師は語ります。「手術室に怠慢は存在しません。私たちは皆、対等です。私たちは皆、ひとつのチームなのです。」

 
アタール医師(52歳)は、マバン委託病院の主任かつ唯一の外科医です。この病院にはベッド120台と手術台2台があり、南スーダン上ナイル州の南東部ブンジに位置しています。

 

患者であふれかえるマバン病院は、地元の人々の命綱となっています

首都ジュバから600キロメートル以上離れているこの病院は、上ナイル州で機能している唯一の外科施設で新生児病棟とベッド20台がある結核病棟も備わっています。

 
1日24時間診察を受け付け、20万人以上に奉仕しています。アタール医師は有名なため、多くの人々はこの病院を“アタール医師病院”と呼び、患者は彼の診察を求め、何日も旅をします。

 
「ここが最終ラインなのです」と、ウガンダから来て、2年以上マバン病院で働くカリサ・イェセロ・ワビバイ医師は言います。UNHCRはいくつかのパートナー団体を通して、この病院の業務を支援しています。

「ここは1か所で何でも揃うワンストップの店です。私たちを超えるレベルの店はありません」

医療施設が略奪された地の、最後の砦

「ここは1か所で何でも揃うワンストップの店です。私たちを超えるレベルの店はありません。これ以上の専門家もいません。」アタール医師と彼のスタッフは、困難かつ危険な環境で働いています。南スーダンは、施設および熟練したヘルスワーカー不足に苦しんでいます。医薬品と設備の供給も足りていません。

 
2011年、南スーダンが独立した時、1,200万の人口に対し、120人の医師と100人の看護師がいました。2013年12月に内戦がぼっ発して以来、400万人以上が避難し、ヘルスケアは悪化しています。

 
従来から、医療施設は略奪され、占領されています。スタッフは威圧された上、拘留、誘拐され、殺害されました。救急車は銃撃され、盗まれました。2013年以来、人道援助に従事している者103人が命を奪われています。

 
マバン州の状況は不安定で、近年、暴力が蔓延する時期が繰り返されています。今年7月には、UNHCRを含む国際組織の事務所や敷地も攻撃に遭いました。アタール医師は、彼の医療チームのメンバーが退去せざるを得なかった時も、病院で働き続けました。

帝王切開手術の準備をするアタール医師

アタール医師は、危険を気にしていません。「私たちは、どんな人であろうと、ここにいるすべての人々を治療します」と彼は言います。そして、この紛争のあらゆる陣営が、良いヘルスケアから利益を得ることを理解しているようだ、と笑顔で付け加えます。

紛争地の楽天主義 - ドアで作った手術台

彼の相変わらずの楽天主義で、大声を出して笑い、時折には、かなりの頑固さで、最も困窮している人々のためにヘルスケアを届ける活動に一心不乱に身を捧げています。

 
南スーダン南部トリット出身のアタール医師は、ハルツームで奨学金を受けて医学を学び、後にエジプトで医者として働きました。

 
1997年、彼はスーダンの青ナイル州クルマックに引っ越しました。そこでは12年間、頻繁に爆撃に遭う紛争の中心地で、彼は傷ついた民間人のみならず両陣営の戦士も治療する簡素な病院を運営していました。

「手術台しか残されていませんでした」

「私が到着すると、病院は大きなトイレになっていて、手術台しか残されていませんでした」と彼は回想しました。

 
「私たちは縫合糸に普通の糸を、血液ドレナージに木の枝を使いました。」最も貴重な持ち物は、フランス人の医師からもらった切断手術用のセットと小型の殺菌キットだとアタール医師は言います。

 
2011年、スーダン人による激しい爆撃の下、彼と彼のチーム全員は、南スーダンのマバン州へ国境を越えて避難する何万ものスーダン人と合流しました。アタール医師は病院のものを車4台とトラクター1台に詰め込みました。「1か月かかりました」と、その避難の旅について彼は語りました。「道路はなく、その時は雨季でした。川が氾濫していました。」

 
2011年、マバンの主要都市ブンジは、一握りの店しかない小さな町でした。そこにある病院は、かつて手術室がない初期的なヘルスケア・センターだったのです。最初の手術を執行するため、アタール医師はドアを積み上げて仕立てた手術台を備えた手術室を作りました。

悪化する南スーダン危機、増加し続ける難民

今、ブンジ周辺の地域には、マバンの地元民5万3,000人の他に、スーダンの青ナイルから来た14万4,000人の難民も暮らしています。そのうち14万2,000人は4か所の難民キャンプで生活しています。加えて、マバン州とその周辺地域には、紛争により国内で避難を強いられている1万7,000人の南スーダン人がいます。戦闘が国境を越えて激化してきているので、さらに1万2,000人の難民が今年避難を強いられることをUNHCRは予想しています。

 
キャンプ内のヘルスケア施設は、マバン病院と連携しています。4人の外科医チームは週に平均58回の手術を手掛けます。2017年に実施された外科手術の70%以上を難民のケースが占めました。

 
ブンジとその周辺地域は、緊迫し、不安定です。コミュニティーは、木材や農地、放牧のための土地などの限られた資源を争っています。

 
頻繁に起こる政党間の折衝が戦闘に発展することもあります。援助団体は、夜間外出禁止令を守り、防弾壕の銃撃から逃れ、時には、ジュバへ避難します。アタール医師は常にブンジに残ります。

「今、私は一番上の子どもと一緒に物理と化学の宿題をすることができます」

活力を与える家族のメッセージと牛乳

アタール医師が家族に会えるのは、年にわずか3回だけです

彼の仕事の選択は、妻と4人の子どもたちにとって厳しいものだと彼は分かっています。彼は家族に年3回しか会えません。家族はケニアのナイロビに住み、アタール医師は、メッセージアプリWhatsApp(ワッツアップ)と週数回のeメールで連絡を取り合おうと心がけています。「今、私は一番上の子どもと一緒に物理と化学の宿題をすることができます」と彼は言います。「私がクルマックにいた時は、手紙を書いても届くのに1か月かかりました。」

 
アタール医師は、自分が何か並はずれたことをしているとは思っていません。彼は風雨にさらされたキャンバス地のテントに暮らし、外科用の亜麻布を作るために使う足踏みミシンをポーチに置いています。

 
牛乳を飲めば活力を得る、と彼は言います。日曜には教会へ行き、バネがむき出しの錆びついたベッドに横たわって外で昼寝をすることでリラックスします。

 
「エアコンが効いているかのようです」と彼は言います。彼は歌うことが大好きです。彼は24時間シフトで働くこともあり、看護師たちは彼を独裁者と呼ぶんだ、と冗談を言います。

 
子どもたちをからかい、3回目の腹式分娩から回復する母親と家族の将来を話し合い、左腕を切断して右足の大腿部を粉砕された男性には松葉杖1本で歩くように励まして歩き回っている様子から、彼の幸せの源泉は手術だけではなく、患者とつながることであるのは明らかです。

患者にどんなバックグラウンドがあろうと平等に対応する、と語るアタール医師は、すべての難民、国内避難民、そして地元コミュニティーから尊敬されています

祈りを捧げる時

クリスチャンであり、この地域の主要語であるアラビア語が話せるアタール医師は、患者に麻酔をかける前、患者の宗教に合わせて、バイブルやコーランを暗唱し、祈りを捧げます。

 
「私の仕事が誰かを苦しみから救い、また、命を救ったと分かった時が、最も幸せです」と彼は語りました。「しかし、癒しは医療だけではありません。患者を安心させなければなりません。患者と関わる瞬間、彼らは心を開いてくれます。患者が私の手の中でこの世を去る時はとても悲しいです。」

 
彼の仕事ぶりは、その時その場に対応したものです。ニーズが高まると、特に雨季の間、マラリアが蔓延すると、ベッドを利用する患者は2倍となり、ベッド60台が追加されます。

 
電力は2台の発電機と太陽光パネルから供給されます。アタール医師はすべての医師に、機械の基本的な技術を身につけるよう要求しています。最近、手術が始まった時にすべてのシステムが止まった時、これらの技術は重宝されました。貯蔵血液はありません。ここの人々の多くは、血液を与えると死ぬと信じています。アタール医師は、かまわずに患者の身内に献血をするよう勧めます。

 
引退はなさそうだ、とアタール医師は言います。病院は、彼に希望と人生の意味を与えています。「良いサービスを提供すればそれだけ、人々はやって来ます」と彼は含み笑いをしながら語ります。

アタール医師は、1日3時間かけて各病棟を見回ります

Donatella Lorch

 
原文はこちら(英文)
Popular surgeon turns his hand to anything at South Sudan hospital

南スーダン 難民250万人 暴力に引き裂かれる家族

南スーダン危機は、世界で最も深刻化している人道危機の一つです。民家の略奪や放火、子どもの誘拐、性的暴力などエスカレートする市民への暴力に、国民の4人に1人が避難を強いられているのです。どうか今すぐ、皆様のお力を私たちUNHCRにお貸しください。

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