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支援の現場から

拷問から生き延びたソマリア人がニジェールで息子達と再会

リビアの違法業者によって拘束され、15か月間に及ぶ鞭打ちと虐待を受けた後、ソマリア人の母親は、ニアメで10代の息子達と再会しました

ニジェールのニアメで、母親アミナを抱きしめるアーメド(14歳)とモハメド(15歳)

 
2人の子どもの母親であるソマリア人のアミナは、リビアの違法業者の手に落ちるまでは、強く、活発でした。1年以上もの冷酷な鞭打ちと電気ショックで、彼女は今、骨折して歩けません。

 
ニアメ(ニジェール)2018年4月11日 ― 「リビアに到着した時、私は歩いていましたし、誰の助けも必要ありませんでした…でも、ほら、見てください」と、酷く折れ曲がった腕を上げて、失意の様子で彼女は言いました。彼女の足も麻痺しています。

 
この42歳は、安全を求めてアフリカを横断し、死に物狂いの旅をした何千人もの難民、庇護申請者の1人です。彼らは皆、かなりの確率で、リビアで無情な人身売買の違法業者の手に落ちてしまう結果になるのです。

 
酷い状況で何か月も人質に捕られ、多くの人が、一生跡が残る虐待と拷問の標的となります。

 
電気ショックと鞭打ちを受けた、と彼女は言います。「彼らは背中の後ろで私の手を縛り、その後、寒い中、私を縛り付けたまま外に放っておくのです。」

 
彼女の苦難は2015年、ソマリアのモガディシュにあった彼女の家が爆撃で破壊され、夫と兄弟が殺された時に始まりました。

「家族には拷問しないで、と私は彼らに懇願しました」

教育を受けることができず、限られたリソースしかない中で、彼女の息子達、当時13歳と14歳だったアーメドとモハメドは、同世代の他の多くの少年達と同様に、武装勢力アル・シャバブによる強制徴兵の危機にさらされていました。

 
選択肢もほぼなく、2016年、この兄弟は1人の従妹と共に安全を求めて極秘にイエメン、スーダン、そしてリビアへと向かう旅に出ました。

 
彼らが去ったと知ったアミナは、息子達を見つけるため、戦争で破壊されたイエメンへと旅立ちました。結局、5か月後、アミナはスーダンで彼らに追いつきましたが、リビアで何が彼らを待ち受けているのか、知る由もありませんでした。

 
まず、密航業者と交渉した後、彼らはサハラ砂漠を越えて北方へ出発しました。たまらない程の暑さで、何日も水と食糧がほとんどありません。アミナが弱っていくと、密航業者は彼女を砂漠に捨てようとしましたが、息子達が彼女を置いていくことを拒否しました。

 
彼らがリビア西部の都市バニワリードに到着した時、本当の恐怖が始まりました。密航業者が4人家族の1人につき1万米ドルを要求したのです。アミナには支払う手段もなく、助けを乞う家族もいませんでした。

 
「彼らは私を酷く拷問しました。家族には拷問しないで、と私は彼らに懇願したのです」と語るアミナは、息子達や従妹の分まで、全ての拷問を志願して受けました。

 
7か月後、彼女の体は虐待を受け付けなくなり始めました。彼女はもはや立つことができず、彼女の手は機能しなかったのです。そのため、密航業者は子ども達を拷問し始めました。

 
15か月の拘束の末、アミナは死の寸前でした。密航業者は死体の処理を望まず、要求した金額を得ることはできないと理解しました。だからついに、密航業者は彼らを解放したのです。

 
「密航業者は私が死ぬと分かって、そうなって欲しくなかったのです。だから、ようやく彼は私達を開放しました」とアミナは回想します。もう1人の姪も同じ場所で拘束されていたので、家族全員が一緒に解放されました。5人全員が、大人数のグループに入れられて沿岸へ移送されました。運が良かったのです。

 
彼らはヨーロッパ行きのゴムボートに集められました。100人以上が乗り、定員オーバーであることは分かっていましたが、彼らは非力で、逃げることができませんでした。数時間後、パニックが起こりました。ボートが沈み始めたのです。しかし、リビアの海岸警備隊が彼らを沿岸に連れ戻してくれました。

 
港では、UNHCRが彼らを待っていました。アミナは生死に関わる状況で、急いで病院にかつぎ込まれました。当局は少年達とその従妹達を収容拘留センターへ連れて行き、そこでUNHCRは彼らがニジェールへ飛行機で運ばれると告知しました。

UNHCRによってニジェールへ避難した後、姪達と腰をおろすソマリア人の母親アミナ

 
この移送はUNHCRの緊急避難輸送機構(ETM)によって手配されました。ETMは2017年11月に設立され、これまでアミナと彼女の家族のような最も弱い立場に置かれた難民1,020人を一次的にニジェールへ避難させると共に、彼らのために再定住を含めた長期的な解決策を模索しています。

 
まず、少年達の救出が提案されました。彼らはその知らせを喜びましたが、再び母親を置き去りにすることを恐れました。UNHCRは、すぐに母親と合流できることを彼らに保証しました。

 
「ニジェールに上陸した瞬間から、僕達はとても不安でした。僕達は母親のことを訊ね続けました。母は生きているのか、いつ母は私達と合流するのか」とモハメドは言います。安心したことに、UNHCRは次の週にアミナとその姪達を飛行機でニジェールへ運ぶことに成功しました。

 
この救出について話す時、雰囲気は完全に変わります。アミナは涙を流し始めますが、今度は幸福からです。「すべてが一瞬で変わりました。私はとても幸せでした。憂鬱な感情の代わりに、祝福されていると感じました」と彼女は回想します。

 
「僕達にとって、人生で母親ほど重要なものはありません。そして、母が大丈夫なことにとても感謝しています」とアーメドは言い、口を大きく開けて笑いました。「いつか、ソマリアに戻りたいです」と彼は付け加えます。「私の国に、変化をもたらしたいです…しかし、どうやったらできるでしょうか?自分を守ることすらできないのに。」

 
殴打と電気ショックに襲われたアミナは、車イスでの生活に制限され、介護者として姪達に頼らざるを得ない状況に追い込まれてしまいました。

 
この家族によって語られた体験は、鞭打ちや拷問、性的暴行の報告が一般的であるリビアから救出される人々の中では、日常的です。

UNHCRは、救出された人々が将来を計画し始めることができるように、さらなる再定住地を求めています

UNHCRが発行したレポートによると、死に物狂いの旅によって、直近数か月でリビアからイタリアに新たに到着した人々の健康状態は、非常に懸念されるほど悪化していることが判明しています。さらに多くの人々が極度に衰弱し、やせ細って、全般的に厳しい健康状態で到着しているのです。

 
UNHCRは、救出された人々が将来を計画し始めることができるように、さらなる再定住地を求めています。

 
「現状ニジェールでは、難民のために合計2,483か所が誓約されていますが、さらに場所が必要です。まだリビアで捕らわれ、人生が中断されている多くの難民が同じ状況に陥るのを防ぐために、欠かすことができません」と、在ニジェールのアレッサンドラ・モレリUNHCR高官は語ります。

 
今までニジェールへ救出された難民の中で、84人がニジェールを離れました。そのほとんどが再定住を通じてです。一方、少数ですが、ヨーロッパにいる家族と再会したり、人道ビザを受けたりした人もいます。

 
「リビアからの救出、そして私達が昨年目の当たりにした再定住の機会の増加は、とても良いニュースです」と、パスカル・モローUNHCRヨーロッパ局長は語ります。

 
「国際的な保護を必要とする人々にとって、家族の再会を含む、安全かつ法的な道を制限する重大な障害は、まだ残っています。そして、私達はさらなる連帯を訴えていきます。」

 
* 難民の名前は個人情報保護のため変更されています

 
Louise Donovan

 
原文はこちら(英文)
Somali torture survivor reunited with her sons in Niger

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