国連UNHCR協会は、UNHCR(国連難民高等弁務官事務所)の公式支援窓口です。 《寄付は税控除の対象になります。》

  • 0120-540-732(平日10:00-19:00)
  • メニューを開く

支援の現場から/最新ニュース

シリア人、レバノンに到達するために必死な思いで法外な金額を払う
安全を求めて、山中を通る密航ルートを辿らされて激しい暴風雪に巻き込まれ、16人のシリア人男性、女性、子どもたちが凍死

全体で16人もの人がシリアからレバノンに逃れる途中の山中で命を落としました

トリポリ(レバノン)2018年2月12日 ― アハメド* は70歳の母を背負い、雪に覆われた坂から歩き始めました。しかし、シリアからレバノンに至る山に入り、アハメドたちを率いていた密航業者の進む速度が速かったため、アハメドの必死の懇願にもかかわらず、アハメドたちは激しい暴風雪の中はぐれてしまいました。

 
アハメドは、山道を歩いて30分でレバノンに着くと密航業者から伝えられていました。真夜中の暴風雪の中を7時間さまよい歩いた結果、彼の妻、娘、母親を含む6人ものアハメドの家族が凍死しました。

 
レバノン北部に位建設途中の建物3階にある家具のない部屋でマットレスに横たわりながら、シリア東部のイラクとの国境近くの町から来た43歳の男性はショックからまだ立ち直れずにいました。「もう私には生きる意味がありません。妻や娘や母親たちと一緒に居たかったです」と彼は言いました。

 
レバノン民間防衛局によると、1月18日の一夜に国境を越えようと試みた16人もの人々が命を落としました。

 
「この悲惨な出来事は、シリア周辺の国境が全面的に閉じられている状態の中で、紛争から逃げて安全地帯に到達するためにシリア人が辿らなければならない絶望的な旅路を示しています」とミレイユ・ジラールUNHCRレバノン事務所代表は述べました。

「この悲惨な出来事は、紛争から逃れて安全地帯に到達するためにシリア人が辿らなければならない絶望的な旅路を示しています」

18日の夜に亡くなった人の中には、レバノンで難民として数年住んでいたものの、逃避先のレバノンでは受けられない無料の治療を受けるために、シリアに戻るという危険を冒していた人々もいました。彼らは法外な金額を払い、レバノンに戻ろうとしていたのです。

 
アハメドが住んでいたシリア東部の人里離れた村で、武装集団と政権の後ろ盾がある部隊の戦いが激しくなり、アハメドと彼の家族や親戚は12月中旬に家を出ました。テレビの修理をしていた彼は、村を支配していた武装集団がテレビを見ることを禁止していたため、3年間無職でした。

 
「私たちの家は2度爆撃されました。レバノンに入国するための合法的許可を得ようとしましたが、その資金を集めることができませんでした。ホテルの予約のために1人あたり2000米ドル払わなくてはならず、その方法以外だと出資者を得なければいけないと言われました」とアハメドは説明しました。

 
1か月前に山道を通ってレバノンに入国した親戚に後押しされて、アハメドは、主に女性や子どもが占めていた家族13人でその道を行くことにしました。彼らはまずダマスカスに向かい、身分証明書を発行するために1か月滞在しましたが、安全な道を通るために複数の検問所でお金を支払っていたため、彼らの貯金は徐々に減っていました。

 
アハメドは、首都で、レバノンまでは容易く行けると確約し、1人あたり100米ドルでレバノンに連れて行ってくれるという密航業者に会いました。アハメドたちは1月18日の朝に、他の旅行者と同乗して2台の小型トラックに乗り込み国境に向かって出発し、激しい豪雪の中、国境付近に到着しました。

 
「密航業者は、激しい豪雪の中のほうがレバノンの警備がいないため越境しやすいと言っていました」とアハメドは話しました。シリアとレバノンの国境警備所の間の無人地帯で、アハメドたちは密航業者の仲間が待っている前方の坂の上で懐中電灯が点滅しているのを確認しました。「これは、坂を登りレバノンまで導いてくれる人たちについて行くように、という合図です」と密航業者は伝えました。

 
当初から母親を背負っていたアハメドはすぐに疲弊困憊し、一緒に移動していた人にも彼女を背負ってもらえたことにとても感謝していました。

 
「雪は滑りやすく、とても歩きにくかったです。気づいたら私たちは逸れてしまっていました」とアハメドの娘のアミラ(19歳)は、まだ顔を凍傷している自分の娘のファティマを抱えながら言いました。「多分私たちは意識を失ったのだと思います。私が起きた時は朝方でした。母親と妹を起こそうとしましたが、彼女たちは動きませんでした」とアミラは話しました。

 
14人の集団のうち、アハメドの妻と母親、14歳の娘、孫息子、アハメドの弟の妻、4歳の娘の6人が亡くなりました。

「密航業者は、激しい豪雪の中のほうがレバノンの警備がいないため越境しやすいと言っていました」

 
山を通る密航ルートはおよそ7年間も続く紛争から逃れるシリア人や、既にレバノンに住んでいる難民で紛争による甚大な被害を受けている国に戻らざるを得ないと絶望の末に感じた人々によって、両国側の国境で使われています。

 
約100万人の難民がレバノンで登録されています。そのうち3分の4もの人々が1日3.84米ドル以下の貧困状態で生活しており、多くの人々が公共医療を受ける余裕がありません。正式なIDを持っている人の中には、時々シリアに帰って無料の公共医療を受けることができる人もいてレバノンに戻る際に、密航ルートを使うこともあります。

 
住んでいたレバノンのベッカ村のテント形式の住居で、生まれたばかりの娘が風邪をひいた時、シリア東部のラッカから来た難民のノアはその選択をしました。

 
病院は検査のためだけに60万レバノンポンド(400米ドル)を請求してきました。日を追うごとに娘の容体が悪化していたため、ダマスカスに治療を受けに行こうと決めました」と彼女は話しました。

 
5歳の娘を夫に預けて、ノアは病気の赤ん坊を抱えながら、義理の父と義理の姉を含む家族と共にシリアに繋がる山を歩きました。ダマスカスの病院に着いて間もなく、彼女の娘は亡くなりました。鎌状赤血球貧血によるものでした。

 
「娘が息を引き取ってすぐ、私たちは病院を出て国境に戻りました。私たちは悲しみの底にいたので、豪雪のことは少しも気になりませんでした。この大雪の中、国境を越えることはできないと気づいたとき、密航業者にそのことを伝えましたが、彼は引き返すことを拒否しました。私の義理の父と未亡人だった義理の姉は山で亡くなりました。彼女の娘が助けてくれていなければ私も死んでいたでしょう」とノアは説明しました。

 
医療にかかる経費は、レバノンにある無秩序に立ち並ぶ脆弱な構造の不法住居に住む貧しいシリア難民がよくもらしている不満です。モハメドはレバノン北部で、倒壊寸前のような住居に5年間住んでいます。

 
「私の母は障がいをもっているのですが、誰も私たちを助けてくれません。毎晩私たちのテントは浸水していて、先週から暴風雪が続いて以来、私たちは寝られていません。」

 
* 名前と場所はプライバシー保護のため変更されています

 
Acil Tabbara

 
原文はこちら(英文)
Desperate Syrians pay ultimate price in bid to reach Lebanon

シリア危機7年、今こそ支援が必要です

紛争は今も続いています。子どもたちの命は、今も失われ続けています。今こそ、皆さまの力をUNHCRにお貸しください。

※当協会は認定NPO法人ですので、ご寄付は税控除(税制上の優遇措置)の対象となります

一覧ページへ戻る

国連UNHCR協会について
UNHCRを知る
UNHCRを支援する