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支援の現場から

「私たちは、生きているのではなく、生き延びているだけなのです」
ウクライナ 戦闘で打ち砕かれた生活を立て直そうとする人々

2014年、政府軍と反政府組織、武装勢力等の衝突により勃発した東ウクライナ紛争は、何千人もの民間人が犠牲となり、多くの人々が避難生活を強いられました。「クリミア危機」とも呼ばれるこの紛争の停戦合意から1年が経過しますが、ウクライナ東部では未だ銃撃戦が収まらず、多くの人々が家を追われたままです。

この地域は紛争の被害に加え、石炭鉱業と重工業の衰退、そして物価の上昇により、人々の生活は日ごとに厳しさを増しています。紛争前から経済的に困難な状況に置かれていたこの地域の人々は、社会の片隅に追いやられ、生活を守るためのセーフティーネットからも見放されているのです。

平穏な生活を取り戻そうとする人々

携帯電話に写るアレクサンダー・ソリヤノイ(43歳)の爆撃された家

医師のアレクサンダー・ソリヤノイ(43歳)も、苦難の日々を送る一人です。当時を振り返り、彼は語ります。「私は人生に別れを告げるため、音声レコーダーにメッセージを吹き込みました。」紛争後、彼は妻と2人の子どもと共に、荒廃した庭で野菜を育てながら何とか生計を立てています。しかし、紛争を乗り越え、自力で家を再建するだけの強さと決意を持っている人は多くないのです。
 
墓場のようになってしまった村に戻った彼の妻マリナ(37歳)は言います。「私たちは、生きているのではなく、生き延びているだけなのです。」

東ウクライナ、爆撃で破壊された建物で暮らす猫たち

2階にある教室へ行けない少女

200万人もの人々に避難を強いたこの紛争は、お年寄りや障がいのある人々、貧困層への社会保障、セーフティーネットも揺るがしました。

車いすの生活を送るヴラダ(15歳)

かつて激しい砲撃にさらされたウクライナ東部のスヴャトヒルシク地域にはソビエト時代の療養所があり、そこには今、約200人の障がい者とスタッフが暮らしています。
 
今年11月、フィリッポ・グランディ国連難民高等弁務官は、地域からも国からも補助金を受けられないこの施設を訪問しました。
 
「世界を自分の目で見るために、独学で英語を学んでいます」と語る車いすの少女ヴラダ(15歳)は、グランディ国連難民高等弁務官に、英語でこう訴えました。「学校に行きたいのです。」
 
紛争前、ヴラダは車いす用のスロープがある学校へ通っていました。しかし、今彼女が暮らす町の学校には、スロープがないばかりか、教室も2階にあります。そのため、彼女は家で勉強を続けるしかないのです。

誰もがセーフティーネットの恩恵を受けるために

グランディ国連難民高等弁務官は訴えます。「高齢者や障がい者、そして貧困層。本当に支援を必要としている人々が社会的セーフティーネットを利用できるシステムを、国と連携して築かなければなりません。」
 
ウクライナでは、紛争で家を追われた障がい者の数は推定6万人以上と発表されています。また、未だに紛争の傷跡に苦しめられながら社会福祉からも取り残された人々が多数います。UNHCRはこのような人々の権利と安全を守るため、人道支援や教育支援といった長期的な支援を続けていきます。1人でも多くの難民・避難民に支援を届けるため、ご協力いただきますよう、お願いいたします。

UNHCRのサポートで修復された東ウクライナの幼稚園で、児童の温かい歓迎を受けるグランディ国連難民高等弁務官。約40人の児童がこの幼稚園に通うが、人々が帰還すればさらに多くの児童がこの幼稚園への入所を希望する可能性がある

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