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ユスラ・マルディニ来日インタビュー

2015年夏、トルコからギリシャのレスボス島に向けて命がけで脱出する一艘のボートがエンジン故障によりエーゲ海に沈没しかけました。そのとき、17歳のシリア人の競泳選手ユスラ・マルディニさんは姉と2人で3時間半ボートを引っ張りながら泳ぎ続け、20名の命を救ったのです。その後、ユスラさんは史上初の難民選手団の一員としてリオ五輪に出場し大きな話題を集めました。

2017年。今、ユスラさんは東京五輪を目指して競泳選手としてトレーニングの日々を送っています。その一方、難民の状況を少しでも世界に伝えたいと、国連総会(ニューヨーク、2016年9月)、世界経済フォーラム(ダボス、2017年1月)などでスピーチを行い、オバマ前大統領、ローマ法王など世界のリーダーたちと対話するなど、精力的に活動を続け、今年4月には最年少でUNHCR親善大使に任命されました。そんなユスラさんの姿は広く国境を越えて感動を呼び続け、ユスラさんの物語は現在映画化や書籍化が進んでいます。(注1)

難民として。アスリートとして。ひとりの19歳の女性として。今、世界中から注目を集めながら、一瞬一瞬を想像もつかない濃さで過ごしているユスラさんに初来日中にお話を伺いました。

特別な2年間

―――シリアを離れてちょうど2年、そしてリオ五輪に出場してから1年が経ちました。この2年間はユスラさんにとっても特別だったのではないでしょうか。今振り返ってどんな2年間だったでしょうか。

信じられない2年間でした。世界中でとても重要な人たちにお会いして、多くの国々を訪れ、そして難民のためにUNHCRとともに多くの活動を行いました。また、競泳選手としてリオ五輪やブダペスト(ハンガリー)で行われた世界水泳に出場しました。この2年間はあっという間だったと感じています。とても忙しい2年間…本当に多くのことを学びました。そして今私はまだ自分がやりたいこと、水泳、難民を支援することができています。

―――ときどき夢じゃなかったか、とか非現実的に思えたりもしましたか?

夢にも思わなかった出来事の連続でした。こんなことが起こるなんて、私の活動に賛同してくださる方の声が世界中から届くなんて、思ってもみませんでした。感謝の気持ちでいっぱいです。

―――想像をはるかに超えることだったのですね。

まさにその通りです。本当に素晴らしいです。

―――今、ユスラさんの物語を題材にした映画や本が製作されているそうですね。

ええ、そうなんです。

―――それについてはどう感じていますか?

本当にワクワクしています。本は2018年春、映画は2018年末か2019年始めに発表される予定と聞いています。発表されたらすごいことになるのではないかと思います。どんな作品になるのか、そして皆様からの反応が今からとても楽しみです。

―――こういった状況に対してプレッシャーを感じますか?

いいえ、この状況を私なりに楽しんでいます。自分について話すことによって、世界に今何が起きているのか、より多くの人に知っていただけるから。自分の愛するものや情熱を傾けているもののために皆様が戦い続けるための希望になれたらと思うのです。だから今回の本や映画についての皆様からの反響をとても楽しみにしています。

ユスラさんの過ごしたあの頃のシリア

―――シリアを訪れたことのない日本の方もたくさんおられます。ユスラさんが育った紛争前のシリアについて少し教えていただけますか?

シリアは歴史のある国です。寛容な心を持った素敵な人がたくさん暮らしていて、私たちは普通の生活を送っていました。私がトレーニングしたプールもありました。他の国でトレーニング合宿をしたこともありました。アラブ選手権が開催されたこともありました。シリアで暮らしていた頃、多くの国を訪れました。シリアの人は勤勉で、シリアは本当に美しい国です。歴史のある部分と近代化している部分が混在している。私は自分の国が大好きです。シリアは本当に素晴らしい国です。GoogleとUNHCRが“Searching for Syria”というとても素晴らしいウェブサイトを共同で立ち上げたのですが、そのサイトでは内戦が始まる前のシリアという国の魅力も紹介されています。写真、映像、シリアに関するとても興味深い情報が掲載されていて、インタラクティブですごいサイトですよ。

水泳との出会い

―――ユスラさんは3歳の頃、水泳を始めたのですよね?

はい、3歳の頃水泳を始めました。私の父はプロの水泳コーチで、姉と私に水泳を教えてくれて、2人とも競泳選手のレベルまで達することができました。水泳を始めたきっかけは父でしたが、成長して10代になって1年半水泳を離れる経験も経て、自分にとって水泳がどういう意味を持っているのか、そして水泳自体についてもより深く理解するようになりました。私は水泳が大好きです。水泳は情熱を注ぐことや、忍耐強さ、そして努力することを同時に教えてくれるのが素晴らしいと思います。私は本当に水泳が大好きなのです。

―――水泳を1年半離れなければならなかったことで、自分にとって水泳をすることがどういう意味を持っているかわかったのですね。

その通りです。水泳から離れていた時期、多くの問題を抱えている人たちにたくさん会いました。人生に退屈している人たちや、ネガティブな考え方の人たちの話を聞くこともありました。ですから水泳を再開したとき、私は、自分が“いるべき場所”に“いるべき人たち”といるのだとわかるようになったのです。

あの出来事について

―――2年前のあのボートの出来事。トレーニングを1年半離れていたところで突然あのような状況に出くわして、洋服を着たまま泳ぐ…。それはとても困難なことだったのではないですか。

そうですね。実はあの3か月前にシリアで水泳のトレーニングを再開していたんです。でもコンディションは戻っていませんでした。ですからトルコからギリシャへ泳いだ3時間半はとても辛かったです。旅の途中、何が起こるかわかりませんでした。ヨーロッパへの道のりはとても厳しく、旅の中でいつ命を落としてもおかしくない状況でした。そのことは出発前からわかっていました。私たちはとにかく最善を尽くすのみでしたが、運よく到着することが出来ました。

難民になるということ

―――ご自分が“難民”あるいは“難民と呼ばれる状態”なのだ、と初めてわかったのはいつどのような状況でしたか?

2015年8月、セルビア/ハンガリーの国境を越えるユスラさん

ヨーロッパに向かう旅の途中で出会った人たちの私たちへの態度や接し方でそのことがわかりました。それはとても辛いものでした。まるで同じ人間ではないような。まるで私たちが恥ずかしい存在であるかのような扱い方でした。ですから、はじめ難民と呼ばれることは私にとってとても受け入れ難いものでした。やがて私はドイツに到着し、再び自分の夢である水泳を始め、一生懸命トレーニングに打ち込みました。そうする中で、そういう考え方をするのをやめたのです。“難民”という言葉を受け入れてもいいのではないか。人は難民であるなし関係なく私をリスペクトしてくれるかもしれない、と思いました。水泳を再開してから、私のことを知った方々から、私のストーリーがどれだけ素晴らしいか、といったようなメッセージをたくさんいただくようになりました。そして私は“難民”という言葉を徐々に受け入れるようになったのです。その後、リオ五輪に出場した際、たくさんの人たちから「あなたの存在が励みになりました」あるいは「難民選手団の存在が励みになりました」という声をいただきました。そのことに力づけられました。今は “難民” という言葉を心から受け入れるようになりました。そして皆さんに、人は難民になっても同じ人であること、ただ暴力や戦争のために避難しなくてはならなかったのだということを理解していただこうと思うようになりました。

―――“難民”という言葉を受け入れる、とおっしゃるのがとても心に残ります。最初は“難民”という言葉や概念自体、受け入れ難いものだったけれど、“難民”とは何か、ということ自体をユスラさん自身であらためて考えなおしたのですね。

その通りです。私はインタビューに答えるとき、こう言います。「その人は今は難民という名で呼ばれるかもしれない。でもシリアではエンジニアだったり、お医者さんだったりするのです」と。“難民”という言葉が人に与える印象は今や非常に強くなっています。難民になっても、その人は同じ人なのです。たとえば本来教養があり、家を持ち、車も持っていた人が、それを全て失ったというだけで、人間でなくなるわけではないのです。“難民”という言葉に左右されるかはその人の意識次第なのです。私たちは自身で自分たちの道を選ぶのです。

―――“あなた”と“難民であるあなた”との一番の違いは何だと思いますか?

そうですね。最初、私は“難民”という言葉を受け入れていませんでした。私はしょっちゅう泣いていました。物を盗むから店には入らないでくれと言われたり、お金を持っていないと思われて商品を売ってもらえなかったり、難民だからという理由でホテルの部屋への宿泊を断られたりもしました。ドイツに向かう旅の途中、床に寝たことも何度もあります。ひどい扱いを受けるたびに私の胸ははりさけそうになりました。でも今はこう答えます。「ええ、確かに私は“難民”なのかもしれません。でもこの世界において私にもあなたと同じく生きる権利があるはず。どのような状況に置かれても、私にはやりたいことができるはず」と。

写真:インタビューを受けるユスラ

今でも私に対してひどい扱いをしたり「よくわからない国から来た女の子が、有名になって夢みたいな場所にいるんだってね」などと言う人もいます。そう言われたときは「あなたも、そして誰でも私のようなチャンスがあるのよ」と答えます。私が難民だから、というだけの話ではないと思うのです。よく「おい、お前は単なる難民だろう」といったコメントを受け取ることがあります。それに対して私は「そう、私は難民です。そのことを誇りに思っています」と答えます。この点だけが“私”と“難民である私”の違いだと思いますし、私は今の自分に誇りを持っています。私は自分がどこからやってきたか知っています。そして自分の故郷に誇りを持っています。

難民としての旅がユスラさんの心に与えた影響

―――旅の途中、ユスラさんは人の善意、悪意、その両方を経験しました。その経験はユスラさんの人に対する考え方を変えましたか?

もちろんです。旅に出発する前、誰も信じてはいけないと思っていました。でも旅を共にしてきた30人の仲間は、姉も私も心から信頼できました。食糧や寝る場所をお互いに分け合いました。男性たちは私たちを守ってくれました。彼らは国境を越えたところで私たちを待ってから先に進むようにしてくれました。本当に助かりました。まるで家族のような感じでした。人を信じてはいけない時もあるかもしれません。ですが、時には他の人の優しさを受け入れることも必要なのだと思います。あと、人生で大切なのは、高価な服や靴を持っていることではないということを学びました。シリアで暮らしていた頃、自分の外見を磨くことや、きれいな身なりをすることが大事だと思っていました。そこが私の考え方が大きく変わったところです。今は高価なものを買おうとすると、お金が必要な人や物が足りていない人のことが頭に浮かびます。私たちがそういった人のことを考えるだけでどれだけ多くの支援ができることか。

―――ユスラさんは世界経済フォーラムでシェリル・サンドバーグさん(注2)に会ったそうですね。シェリルさんの今年4月に発表された最新刊(『OPTION B 逆境、レジリエンス、そして喜び』)は“レジリエンス(心の回復力)”についての本です。この本の中でシェリルさんはあるポジティブ心理学を引用し、人がトラウマの後で成長すること、その成長の5つの種類を紹介しています。それらは「人間としての強さを自覚する」「感謝を深める」「他者との関係を深める」「人生により多くの意味を見出す」「新たな可能性を見出す」といったようなことですが、ユスラさんもこのような経験をしましたか?(注3)

はい、そう感じます。シェリルさんがあげているような事柄の多くを私も経験しました。私はシェリルさんほどの人生経験はありません。けれど、私はこの旅を経て、自分の年齢に比べてずっと精神的に大人になったと感じています。今は自分をいい意味で大人と感じますし、もっと成長しなければと感じています。常に新しいことを学び、失敗を恐れないこと。失敗からも学ぶことはたくさんあると思います。この世界では何が起こるかわかりません。たった1年で物事ががらっと物凄い速度で変わり得るわけで、もっとたくさんのことが学べると思います。

―――ご自分の“レジリエンス(心の回復力)”は以前より増したと思いますか?

ええ、もちろん。

世界に伝え続ける

―――ユスラさんは多忙にもかかわらず、ご自身の経験や難民についてのことを世界に伝え続けています。何がユスラさんをそういった活動に駆り立てているのでしょうか。

どうして私がそういった活動を続けているか…それは自分が実際に難民の1人だったから。そして今も難民の1人だからです。難民のことを考えるとき、その人たちも、今の私のようになっていても良いのにと思います。日々の生活の中で、難民のことをしばしば思い出します。難民であっても何かやれることがあるはず、何かを達成することができるはず、と。しかし難民にはそのチャンスが無いのです。教育や食糧、安全に暮らせる場所さえ満足に得られていない人も大勢います。難民のことを忘れてはいけないと思います。このことが、私が世界中で難民支援を呼びかけ続けるモチベーションになっています。

―――ユスラさんとUNHCRとの出会いを教えてください。旅の途中、どのように出会ったのですか?

私がシリアからヨーロッパに向かった頃は、まだそのような脱出が始まったばかりでした。なので、警察もUNHCRもいませんでした。ただ、UNHCRはボートでギリシャに避難してくる人がいると知っていたので、ギリシャでアテネまでのバスを用意してくれ、水なども提供してくれました。でもアテネ以降はUNHCRに出会うことはありませんでした。UNHCRはとても良い支援をしていると思います。私たちの後にヨーロッパに渡って来た人たちには、食糧、石鹸、そして水などを提供してくれたと聞きます。避難において水は重要です。私は水を手に入れるのに本当に苦労しました。時に8時間くらい水を飲めなかったこともありました。

―――国連UNHCR協会では“いのちの持ち物けんさ”(注4)という主に学生向けのワークショップを行っています。これは、自分のアイデンティティを構成するもの(今持っているものや自分を証明するもの)をすべてリストアップし、“あなたにとって替わりのあるもの” “あなたにとって替わりのないもの” “あなたにとってどちらでもないもの”の3種類に分類するものです。“自分”とは誰であるのかを目に見える化し、“もしすべてを失ったら”という喪失の疑似体験を通じて、難民に対して何ができるかを考えるものです。もしあなたがこのリストアップを行うとしたら、“あなたにとって替わりのないもの”に何をあげますか?

“home”

―――ただ一言“home”、とおっしゃるのですね?

ええ、“home”。それがすべてを指しています。“home” …私の親族の大半はまだシリアにいます。それから置いてきてしまった幼い頃の写真、故郷の思い出。そのすべてが私にとってかけがえのないものです。

―――そのすべてが“あなたにとって替わりのないもの”。

はい、すべてです。すべての感情…。故郷、国、情熱…

―――私たちがユスラさんの気持ちを当事者のように理解することはできないかもしれません。でも、アイデンティティというものが何によって形作られているのか考えることによって、難民になるということがどういう気持ちなのか、考えるきっかけになればと思っています。

子どもたちに「“あなたにとって替わりのないもの”は何ですか?」という質問を投げかけるのはとても重要だと思います。「私の携帯電話」など物質的なものを答える子もいるでしょう。でも中には“替わりのないもの”について深く考えて、持ち物だけではなくもっといろいろなものを指していることを理解する子どもたちもいると思います。

これからの自分

―――今、ユスラさんは東京五輪への出場を目指しておられるそうですね。

はい。リオ五輪のとき、東京五輪のことを知りました。出場して水泳で良い結果が出せたらと願っています。五輪という場で水泳競技に出場するという私の夢はすでに叶いました。今の夢は東京五輪で何かを達成することです。

―――日本では水泳は“命を守ることができるスポーツ”として普及活動も行われています。(注5)

確かにその通りですね。

―――ユスラさんはまさにその象徴みたいな存在ですね。

ありがとうございます。

―――お姉さまはたしか今ライフガードのボランティア活動をなさっているのですよね。

そうです。ギリシャのレスボス島で活動しています。そんな姉のことを誇らしく思っています。

―――今のユスラさんの夢を教えていただけますか?

2015年、ドイツに移動後、水泳を楽しむマルディーニ姉妹

そうですね、私にはいろいろな夢があります。でも今後どうなろうと、どんな困難が待ち受けようと、水泳は続けたいと思っています。他の人にはできない、私にしかできないことがしたいと思っています。多くの人の期待に応え、影響を与えるようなことができればと思います。例えば困難に直面している人を助けるとか。やりたいことは沢山あります。昔はパイロットになりたいという夢も持っていましたが、これは今となっては不可能に近いでしょう。この先、今の夢がどうなるか、様子を見守りたいと思っています。

―――最後に、UNHCRをサポートしてくださっている日本の皆様にメッセージをお願いします。

日本でUNHCRをサポートしてくださっている皆様、難民を支え、立場をご理解くださり、本当にありがとうございます。今回の来日での経験、そして日本の皆様の難民へのご支援…素晴らしいです。感激しています。皆様に心より感謝申し上げます。

(取材:2017年8月28日 東京・国連UNHCR協会事務所)

注1)2017年3月、英・Working Title Films (『ラブ・アクチュアリー』『ブリジット・ジョーンズの日記』などの作品の製作者)がユスラさんの人生の映画化の権利を取得したと発表。監督はアカデミー賞やゴールデン・グローブ賞に何度もノミネートされて知られる名匠スティーブン・ダルドリー(『リトル・ダンサー』『めぐりあう時間たち』『愛を読むひと』)が予定されている。

注2)ユスラさんは世界経済フォーラムで一番嬉しかったことのひとつはシェリル・サンドバーグに会ったことだと語っている。シェリルはFacebook COOとして活躍する傍ら、女性が社会の中で働くことについて述べた『リーン・イン』(2013)を発表、同作は全世界でベストセラーを記録。自身の喪失の経験から、苦難から立ち直るレジリエンスをテーマにした『OPTION B 逆境、レジリエンス、そして喜び』(2017)もすでに大きな話題を呼んでいる。

注3)シェリル・サンドバーグ/アダム・グラント『OPTION B 逆境、レジリエンス、そして喜び』日本経済新聞社 2017より抜粋引用

注4)“いのちの持ち物けんさ”は、2013年12月に行われた国連UNHCR協会と学生団体SOAR主催の「大学生×難民支援~学生アイディアコンペ~」にて最優秀アイディア賞を受賞した難民支援を身近にするためのワークショップ。詳しくはこちら→ http://www.japanforunhcr.org/archives/1567/

注5)日本水泳連盟は水泳を“命を守ることができるスポーツ”として普及に努めている。

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