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ナイジェリア・チボクの少女たちの解放に成功した仲介者が2017年UNHCRナンセン賞を受賞

10月3日1:50(日本時間)より、ナンセン賞授賞式Facebook Live生放送

10月2日、スイス・ジュネーブで開催されるUNHCRナンセン賞授賞式がFacebook Liveで生放送されます。
授賞式には、英ミュージシャン デーモン・アルバーン等とのユニットThe Good, the Bad & the Queenでの活動でも知られるナイジェリア出身のアフロビート・ドラマー トニー・アレン、シリアから逃れたバイオリニスト マリエラ・シェーカー、そして日本からはギターリストのMIYAVIも出演。また、UNHCR特使 アンジェリーナ・ジョリーのビデオ・メッセージも予定されています。
生放送は日本時間深夜1:50(スイス・ジュネーブ時間10/2 18:50)からスタートです。
詳しくは https://www.facebook.com/events/794948210687808/
※Facebook LiveはUNHCR本部のFacebookアカウントから放送、言語は英語となります。ご了承ください。

彼の財団は、ナイジェリア北東部の暴動によって生まれた孤児たちに教育を与え、未亡人たちの命綱になりました

朝礼前のムスタファと「未来の力を育てるイスラム財団」学校の生徒たち

「未来の力を育てるイスラム財団」の外にある色あせた掲示板には「全ての子どもが大切だと考える学校」と宣言されています

 
マイドゥグリ(ナイジェリア)2017年9月18日 ― それが、財団の創始者ザナ・ムスタファによってマントラ(真言)のように繰り返される言葉です。静かに話す58歳の弁護士が、名誉ある2017年UNHCRナンセン賞を受賞しました。

 
「ここは、全ての子どもが大切だと考える場所です。どんな宗教を信じようが、どんな生い立ちや文化であろうが、関係ありません…彼らの人生にポジティブな変化をもたらすことが私たちの目的です」と彼はUNHCRのインタビューで説明しました。

 
法廷弁護士から不動産開発者となったムスタファは、2007年に孤児と危険にさらされた子どもたちのための学校を開校しました。彼は、ナイジェリア・ボルノ州の州都マイドゥグリで増えていくストリート・チルドレンに関心を寄せていました。そこは暴動の中心地で、推定2万もの人々が殺害され、約230万人が避難しました。

「もし彼らが教育を受けられなかったら、彼らはどうなってしまうのでしょう」

最初に創った学校の隣にある自宅の庭に座るムスタファと彼の3人の子どもたち

治安の悪化が広がり、軍部の取り締まりが厳しくなるにつれ、教育を受けない子ども世代ができてしまい、国内の最貧地域の1つがさらに問題化していくことを彼は恐れました。

 
「ストリートには、1人でいる子どもたちがあらゆる場所にいました…もし彼らが教育を受けられなかったら、彼らはどうなってしまうのでしょう…もし仮に私が死んだら、私の娘はどうなってしまうのか、誰が彼女の教育費を払うのか、悩み続けました。私は、行動を起こさなければ、と思ったのです」と彼は付け加えました。

 
「私が成長期の若者だった頃には、このような状況は目にしませんでした。家族が孤児の世話をしましたが、それはだんだん難しくなってきました。」

「未来の力を育てるイスラム財団」創設

彼の好きな趣味である卓球をよく一緒にやっていた小さな友人グループの助けと支えを得て、暴動のあらゆる犠牲者を援助するため、彼は、学校とそのほかのチャリティー組織を有した「未来の力を育てるイスラム財団」を創ることを決意しました。

 
不動産取引成功の成果である、木に囲まれた広大な6,000平方メートルの敷地を指し、彼は言いました。「そこが、私たちが卓球をしていた場所です。しかし、そんなに広いスペースは必要ない、と決めました。私は卓球台を小さな建物に変えたのです…子どもたちのための。」

 
あの建物が種となって、今は生徒540人が学ぶ学校に成長しました。そのうち282人は女子生徒です。さらに2,000人が入学を待っています。校長室の一角には、入学応募者の申込書が山積みです。

マイドゥグリに彼が創った2番目の学校の近くに住む避難民が彼の名前に因んで名づけた赤ちゃん、ザナを抱くムスタファ

どんな宗教を信じようが、どんな生い立ちや文化であろうが

「この場所は守られています。なぜなら、紛争のすべての立場からの関わりがあり、私たちはイスラム教といわゆる西洋の教育を教えているからです。私たちはアラビア語、フランス語、英語、数学を教えています。これは全て、ムスタファの功績です。どんな生い立ちがあろうと、彼にとって、子どもは子どもなのです。」

 
包容性に対するムスタファの信念に沿って、キリスト教の家族からもイスラム教の家族からも、そして紛争の両方の側からも学校にやって来ます。

 
「暴動の影響を受けた人々は、生活を続けるための命綱を与えられなければなりません。彼らは生きる勇気を与えられなければならないのです」と、ローストした肉とスパイス、パンの昼食を取りながら、彼は生き生きと語りました。伝統的なダークブルーのローブを着た彼は、紛争で避難を強いられた人々が自分たちで生活できるよう、「命綱」を与える重要性について話しました。

 
学校に加え、彼の財団は未亡人のための組織を創り、他にも避難した人々が農業をするための土地を与えました。

 

教室で生徒たちに話をするムスタファ

学校の子どもたちの多くは孤児です。しかし、彼らは、先生や警備員の子ども、そしてムスタファ自身の幼い子どもたちと混じってうまくやっています。親たちが武装勢力ボコ・ハラムと共にいた子どもたちもいますし、ボコ・ハラムと戦う治安部隊を親に持つ子どもたちもいます。

 
「ここでは、私たちは皆ひとつなのです…それが重要なのです」とムスタファは言いました。「私からのメッセージは、私たちは離れられない相互関係の網にからまれている、ということです。人間として、私たちは1つの国家に縛られていて、だからこそ、兄弟を守る必要があるのです…私たちは1つにならなければなりません。1つであるだけではなく、1つに見えるようにならなければならないのです。」

「この男が、ここにいる沢山の人々の人生を変えたのです」

3番目の学校を視察するムスタファ。この学校は、教育機会を失った青年も通えるようになる予定

そのため、ムスタファの財団は、ガダブル川沿いに中学校を建設しました。この学校には今88人の学生がいますが、やがてもっと人数も増えますし、宿舎も必要です。

 
学校の近くに、ムスタファは16ヘクタールの土地を利用できるようにしました。UNHCRとパートナー団体が提供した近隣のシェルターに住んでいる避難民が農業を営んでいます。

 
「この男が、ここにいる沢山の人々の人生を変えたのです。彼は無料の農地や無料の教育を提供しただけではなく、私たちに最初の種を与え、彼自身の収穫物を植えて、成し遂げられることを私たちに示したのです」とシャリフ・アブバカルは語りました。彼は、2年前、ボコ・ハラムに侵略された故郷を逃れ、今は財団の農業プロジェクトのトップを務めています。

ナイジェリア女子生徒拉致事件

ムスタファの慈善行為は、多くの人々から賞賛されました。政治家とは異なり、彼は敵を作りませんし、紛争の両方の側とつながりを持っています。だからこそ、2014年4月、ボコ・ハラムの軍隊により拉致され、世界的注目を集めたチボクの女子生徒たちを取り戻すため、彼が中心的な仲介者の1人となったのです。

 
総勢276人の少女たちが誘拐されました。その後57人がすぐに何とか脱出しましたが、残りの少女たちは、サンビサの森深くへ連れて行かれました。

 
ムスタファは誘拐者とコンタクトを取り、一連の信頼を築く作戦を経て、21人の少女たちを解放する交渉に成功しました。そして5月、大きな突破口が開かれ、その他82人の少女たちも自由の身となったのです。

 
「彼女たちは、前もって伝えられたカメルーン国境からそう遠くない場所に連れて来られて、1人1人、前に出て自分が誰かを伝えました…少女たちは何が起きているのか分かっていたので、とても興奮し、幸せそうでした」と、彼は大きく微笑みながら振り返ります。「もっと多くの少女たちがすぐに脱出できることを、私は確信しています。」

「未来の力を育てるイスラム財団」の学校で、休み時間にちょっとした運動を楽しむ女子生徒たち

Jonathan Clayton

 
原文はこちら(英文)
Mediator who won Chibok girls’ release named 2017 winner of UNHCR’s Nansen Award

ムスタファの学校に通う少女のストーリー

「今は、この学校が本当に私の家のようです。ここでムスタファさんが私たちにしてくれたことのおかげで、私は再び明日のことを考えられるのです。」
ナンセン賞受賞者がボコ・ハラムの紛争で孤児となった少女たちに新たな希望を与える

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