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支援の現場から

空港をたらい回しにされたパレスチナ難民が迎えたハッピーエンド
ある難民が、数か国に入国を拒否されながら、何週間も、モスクワ、ハルツーム、ドバイ、ハバナをたらい回しにされました

オーストリアで、妻のワエドと再会したシリア生まれのパレスチナ難民ウィサム(27歳)

ドバイ(アラブ首長国連邦)2016年12月30日 ― UNHCRは、1か月以上の間、さまざまな国から受け入れを拒否され、たらいまわしにされたパレスチナ難民の男性が、オーストリアで妻と再会するのを助けました。

 
入国許可を得ようと何か国かに打診したもののうまくいかず、空港内で宙ぶらりんのまま何時間も過ごさざるを得なかった27歳のウィサムのこの話は、2004年に公開されたトム・ハンクス主演の映画「ターミナル」を思い起こさせます。

 
「もう一度両親に会えるなんて、信じられませんでした」とウィサムは涙ぐみながら話しました。「私は、残りの一生を空港から空港へと移送されながら過ごすか、忘れられ、拘置所で一生を終えるのだと思っていました。」

「私は、残りの一生を空港から空港へと移送されながら過ごすのだと思っていました」

ウィサムが抱える複雑な事情

シリアのダラ市に住むパレスチナ難民の家族のもとに生まれたため、彼はシリアの渡航文書しか持っておらず、パスポートはありません。そのため、事前に発行された入国ビザなしではどの国も彼を受け入れてはくれないのです。

 
2008年に彼はベラルーシで電気工学を学ぶためにシリアを出国しました。2010年に家族に会うために帰国した際に、ウィサムはその後妻となった女性、ワエドに出会いました。しかし、彼らの愛の物語はすぐには成就しませんでした。彼は残りの勉強を終わらせるためにベラルーシに戻り、その1年後、シリアで内戦が始まったのです。

 
紛争が激化するのに従い、ワエドと彼女の家族は11万人のパレスチナ難民と共に、ダマスカスの家を逃げ出しました。トルコに到着してから、彼らは地中海を渡ってギリシャへ行き、最終的にオーストリアにたどり着きました。

 
ウィサムの学生ビザは失効し、彼は妻と再会することを強く望みました。就職先を探すため、彼は2015年にロシアへと国境を越えました。しかし、警察に拘束され、不法滞在していたことをとがめられました。

たらい回しにされて

彼は3か月間拘留され、それからスーダンへ追放されました。しかし、スーダンの首都ハルツームに到着したものの入国を拒否され、同じ飛行機でドバイへ送り返されました。

 
彼は段々と、どの国でも入国許可が下りないのではないか、と絶望しはじめました。

 
「すべての世界が自分の目の前で閉じてしまっているような気分でした」と彼は言いました。

 
ドバイの空港で待っている間、アラブ首長国連邦に住んでいる彼の父親が、ウィサムがキューバへ行くためのビザを取得してくれました。彼はすぐにハバナ行きのチケットを買いましたが、またもや彼の地位のために入国を拒否され、モスクワ経由でドバイに送還されました。

 
またドバイの空港に座っていることになり、どの国にも住むところを見つけられる希望はないように思われました。彼に残されたただ一つの選択肢は内戦で破壊されたシリアに戻ることのように思われましたが、そこでは彼の命が危険に晒されることになります。

 
原則上は、ウィサムは国連パレスチナ難民救済事業機関の庇護下にあります。この機関はシリア、ヨルダン、レバノン、西岸地区、ガザにいる500万人以上のパレスチナ難民を支援しています。しかし、彼はこれらの国々の外にいたので、国際的な庇護が必要であることから、難民の地位に関する1951年の条約の守り主であるUNHCRが担う任務の範囲に入るのです。

「やっと、私たちは一緒になれました。もう一度生まれ変わったような気分です」

UNHCRの助け

UNHCRの職員がウィサムの話を知り、アラブ首長国連邦の当局に対し、解決策が見つかるまで彼の父親のもとに身を寄せることを許可するように頼みました。また、UNHCRはアブダビにあるオーストリア大使館に対し、彼が妻と一緒になるためにビザを発行することを要請しました。

 
「アラブ首長国連邦は人道的に重要な役割を果たし、ウィサムとUNHCRが彼の厳しい試練を終わらせる解決策を見つけるために一息つく時間をくれました」とUNHCRアブダビ事務所長のトビー・ハワードは述べました。

 
今、ウィサムはオーストリアで妻とともに安全な新生活を始めることができ、3年後にはオーストリア市民になることができます。

 
「やっと、私たちは一緒になれました。もう一度生まれ変わったような気分です」と彼は言いました。「新しいパスポートを受け取るのが待ちきれません。今の私の夢は、どの空港でも止められずに旅行をすることです。」

 
Mohammed Abu Asaker

 
原文はこちら(英文)
Palestinian’s month-long airport limbo has happy ending

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