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南スーダン緊急支援

悲劇に襲われた南スーダンの村が、きれいな水によって日々の生活を取り戻す

ハワは家の壁にある弾丸の穴を指でさしています。家に戻って家を詳しく調べた時にこの穴を発見しました。地域の人たち全員が、1月中旬にアマディ村から安全なゴロム難民の居住地に避難しました

アマディ村を襲った悲劇

あなたは遺体によって村の唯一の水の供給源を汚染された村に住みたいですか?
この3ヶ月間、南スーダンの人々は暴動が静まった時に故郷のアマデイ村に帰ろうとしてもできない苦境に立たされていました。

「私達の夫や村の若者が銃撃戦を終わった後に村の安全確認に行くと、キャッサバ畑や私達の水源である小川には兵士や民間人の遺体が散乱していました」と6人の子どもの母であるハワ・ラドラは語ってくれました。

小さな村Jubaはスーダンの首都から25キロにあります。村人にとって幸運なことに2500人のエチオピア難民が住んでいるゴロム難民の居留地から、たったの3キロです。アマディ村がこの12月に発生した暴力事件に巻き込まれた時、そこは安全な場所となりました。

ハワによれば、しばらくの間村人は食糧を略奪する反政府勢力に対して我慢していました。時に兵士たちは、厚かましくも村人の野営地に略奪した食糧を運ぶことを命じました。

しかし、1月中旬に戦争は村人を巻き込み、人々は逃げなければならなくなりました。彼女は夫と子どもたちや近所の人と共に近くのゴロム難民居住地に避難しました。

避難後、帰還にあたって直面した課題

彼らはゴロムを避難先として最も安全な場所として考えました。それはそこでUNHCRが支援しているからです。730人以上の女性や子どもが居住地の小学校から移動しました。「私たちが居住地に逃げるとき、難民の人たちは何が起きていたか知っていたのでとても協力的でした」とハワは話します。

ベッキー・ベン・オンドアUNHCRコミュニティサービス担当によれば「アマディ村は『立ち入り禁止区域』になったものの、新しい学年度の始まりのため避難先の学校を明け渡す必要がありました。」アマディ村での戦闘が終わった時、村人は村に帰っても安全だと伝えられました。

しかし、きれいな水が全くないので、村に戻ったとしても、彼らは生活していくことができません。UNHCRの監視団は、腐敗した人間の遺体が唯一の水の水源地を汚している状況を確認しました。

「すぐに行動しなければなりませんでした」とオンドアは言います。「彼らが村に戻れるようにするためには地元のコミュニティが代わりに使える水源を見つける事が最優先事項でした。」

UNHCRの援助活動

UNHCRのパートナーのアクロスが水掘会社を見つけ、2週間内に2つのボアホール(井戸)を村に用意しました。アマディ村のニーズを満たす準備が出来たのです。まず男性が安全性を確認するために最初に来て、そしてその後に家族が続いていきました。

「私達はUNHCRが提供してくれたボアホールについて感謝の言葉もありません。さらに多くの支援を求め続けていることを申し訳なく感じています」とハワは言います。「しかし、食糧に加えて農具も略奪されたので、他にどうしようもないのです。」

村人は地面にまだある最後のキャッサバの収穫に忙しいです。長い雨季の季節を通してささやかな貯えとなります。

「人生が悪い方向にいっている」とため息をついてハワは言います。男たちでさえも無力で恐怖心を持っている女性のようになってしまいました。皆、この国の状況が改善されるのを待っています。

※名前は保護理由のために変えています。

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ナビ Fresh water brings life back to traumatized South Sudan Village


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