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南スーダン緊急支援

HIV・エイズ 中央アフリカ共和国での紛争が治療を中断

中央アフリカ共和国の南スーダン難民、ナヨ。58歳の彼女は中央アフリカ共和国に暮らすHIV感染者数千人のうちの一人です。UNHCRはニーズを確認し、優先順位をつけています。

紛争によって、ナヨは祖国南スーダンから避難し隣国の中央アフリカ共和国で避難先を探すことを強いられました。しかし、58歳の彼女は、生きるために必要な治療は受けることができています。

「戦闘で南スーダンから中央アフリカ共和国に2度避難しました。小さな子どものころと大人になってからです」と彼女はUNHCRに語ります。「たとえ戦争状態にあっても、自分の国を見たいと思います。しかし私は逃げることに疲れています。年を取りすぎているし病気にもなっています」と諦めた様子で付け加えます。

ナヨは、難民を含めた、中央アフリカ共和国に暮らすHIVに感染した数万人の一人です。多くの人が現在治療を受ける機会を得られない一方で、彼女は戦闘で混乱状態にある中央アフリカ共和国の首都バンギの教会組織のおかげで、生命に関わる治療を無料で受けています。

ユニセフ主導の関係機関合同のグループが、2010年に大規模な報告書の編集をした際、国全体のHIVの感染率は4.9パーセントで、アフリカ中部・西部地域で最も高い割合の一つでした。女性と都市に住む人々が特に危険な状態にあり、その多くが異性のパートナーから感染しています。

ナヨは夫から感染しました。「彼が体調を崩したとき、私たちはムボキ(コンゴ民主共和国との国境に近い中央アフリカ東部の町)の難民キャンプに滞在していました。」

「キャンプでは彼がエイズにかかっているという噂が広まっていましたが、彼は決して認めませんでした。差別がひどくなったために、夫は治療を拒みました。彼はここバンギの病院で(2004年に)亡くなり、私も病気だとわかったのはその頃のことです」とナヨは漏らしました。

最近の一連の衝突が始まった2012年まで、UNHCRはウイルスに感染した難民を支援してきました。彼らはWFP(世界食糧計画)を通じた食糧支援と合わせて、月1回の経済的援助と治療を受けました。

しかし、2013年にUNHCRと事業実施パートナーの事務所が略奪に遭い、レトロウイルス薬を使ってHIV感染者を治療する多くの医療設備が盗まれ、医療スタッフが避難を余儀なくされた時に、こうした患者の情報が入った重要なデータベースが消えてしまいました。さらに、バンギ市外でのこうした薬の配給が中断され、遠隔の農村地域の難民の治療に影響が出ています。

「もともと脆弱だったこの国の医療システムは、ほぼ完全に機能しなくなりました。これによりHIV感染者への治療の機会は大いに減少しました」と医療コンサルタントのハインツ・ヘングフーバーはUNHCRに説明しました。

2013年12月に急激に暴力が拡大してからは、状況はさらに悪化しました。治療のたびたびの中断によって薬物耐性が進行する危険性が高まるなか、治療を受けることはさらに困難になりました。不安定な情勢はHIV感染者への差別が広がっている国内での意識向上プログラムにも影響を与えました。

これに対し、UNHCRは最近、データベースを再建し、中央アフリカ共和国内のHIVに感染した難民や庇護申請者への都市部での完全な支援を再開できる検証処理を完了させました。

緊急時にHIV感染者への治療提供を主導するという役割の一部として、UNHCRは人々が定期的に抗レトロウイルス治療を受けられるようにするため、中央アフリカ共和国のHIV感染者やエイズ患者すべてのニーズを確認し優先順位をつけることも支援しています。

このために、UNHCR職員は政府のパートナー、NGO、ほかの国連機関、世界エイズ・結核・マラリア対策基金からの報告と統計を分析、三角測量を行いました。

軍人による性的暴行や殴打に苦しんだナヨにとって、UNHCRや事業実施パートナーによるこの事業は重要です。しかし、彼女はこれまでに直面し、今後も直面する多くの障害を乗り越えるために、彼女に強さ、そして薬をくれるように教会に戻っています。彼女はもっと長生きして孫の成長を見られるようにと祈っています。

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ナビ HIV/AIDS: Conflict in Central African Republic disrupts treatment


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