
HOME > UNHCRの難民援助活動 > UNHCRチャド事務所石谷敬太職員のレター
マイムナちゃんは私に返事をせず、目も合わせてくれません。
彼女の顔には表情が全くありませんでした・・・。
日本の皆様
はじめまして。国連の難民支援機関であるUNHCR(国連難民高等弁務官事務所)の職員として、援助活動に携わっている石谷敬太と申します。現在はアフリカ中央部にあるチャドという国に赴任しています。
実際にあった話を紹介させてください。
ある日、国境に行くと子どもだけの集団が目に入りました。みんな兄弟姉妹だといいます。その中にひどく傷ついた少女がいました。名前はマイムナちゃん。10歳になったばかりです。うつろな表情で片足を引きずり、頭には銃で撃たれたひどい傷がありました。「いったい何があったの?」と私が質問しても何も答えてくれません。表情を変えず、私の目も見てくれません。
心の傷の深さを知るひとつの基準が笑顔です。笑顔が少しでも見えれば希望がある証拠です。心の傷が癒えてきた兆候です。
マイムナちゃんには全く笑顔がありませんでした。
いったい何があったと思いますか?毎日、難民の人々の悲劇的な話を聞いている私にとっても、想像を絶するような出来事でした。
15歳になるお兄さんのイサくんが説明してくれました。
「僕とマイムナは中央アフリカ共和国で、他の弟や妹たちと一緒に両親と仲良く暮らしていたんだ。治安がだんだん悪くなってきたけど、家族と一緒に暮らせて、とても幸せだった。」
「ところがある日、僕たちの村を武装集団が襲ったんだ。武装集団は僕たちの家にも押し入り銃を乱射した。お父さんはすぐに殺された。大好きなお母さんもマイムナをかばって撃たれ、死んじゃった。マイムナは弾丸によるひどい傷を頭と脚に負って、お母さんの死体の下で意識不明で倒れていたんだ。8歳と5歳と4歳になる他の弟や妹たちは、殺されずにすんだけど、お母さんの死体を前にずっと泣いていた。」
イサくんはジャングルに逃げ込んで襲撃からかろうじて身を守ったそうです。襲撃が終わるとイサくんは大急ぎで自分の家に帰り、すでに冷たくなったお母さんの遺体の下からマイムナちゃんを救い出しました。恐ろしいことに、お母さんを殺した弾丸がマイムナちゃんの脚の骨を砕いていました。イサくんは悲しみと怒りで頭がおかしくなりそうだったと言います。彼はマイムナちゃんを担いで、生き残った幼い弟や妹たちと一緒に村から逃れました。
私はこの話を聞いたときに、あまりの衝撃に涙が出てきました。こんな悲劇があっていいのだろうかと怒りが込み上げてきました。
チャドは、スーダンや中央アフリカ共和国といった国々に囲まれた内陸国です。チャド東部は、スーダンのダルフール地方から逃れてきた難民を受け入れていることで世界的に関心が集まっています。しかし私が赴任しているチャド南部には、国際社会からあまり注目されていない「忘れられた危機」から逃れてきた人々がいます。彼らは中央アフリカ共和国からの難民なのです。
中央アフリカ共和国の北部では、武装集団による無差別襲撃が続くなど治安が極端に悪化し、難民が隣国のチャドへ流入し続けています。
私の重要な仕事のひとつが、難民キャンプを定期的に訪ねて、難民の人たちが直面している問題点や要望を、彼らから直接、聞き出すことです。それをもとに自立へ向けての適切なサポートプランを考えるのです。家族や友人を目の前で殺され、家を焼かれ、村を追われ、全てを失ってしまった、そんな難民の人々の厳しい状況に日々接しています。あまりにひどい状況のために、こちらまで苦痛で胸がいっぱいになります。
難民の人々が自立に向かって歩みだす上で、最も大きなハードルが心の傷です。その傷を癒すのはとても困難で、注意深いケアが必要です。
イサくんとマイムナちゃんは、他の弟や妹と一緒に難民キャンプでの暮らしを始めました。UNHCRは雨露をしのぐためのテントや農作物の種など、生活に必要な物資を提供しました。
わずか15歳のイサくんは、一家の大黒柱として小さな弟や妹を全員養っていくことになったのです。
マイムナちゃんは車イスで難民キャンプの学校へ行くことになりました。しかし他の子どもたちに、頭の傷や車イスのことをからかわれ、学校へ行くのを嫌がるようになりました。そんなマイムナちゃんをイサくんは懸命に勇気づけようとします。しかし、お母さんを殺した弾丸が自分の脚も麻痺させたという事実が、マイムナちゃんの心に深い傷を刻んでいました。
心に傷を負った人たちにとって、一番の薬のひとつは時間かもしれません。しかし、厳しい状況におかれた難民の人々の心の傷は、時間が経てば癒えるとは限りません。私たちは必要に応じて心理カウンセリングを行い、根気強く、心を込めてケアを続けます。
そして、何ヶ月も物資と精神面でのサポートを続けた後のある日、マイムナちゃんに笑顔が戻ったのです。
現在でも、マイムナちゃんたちの生活は相変わらず厳しいのですが、マイムナちゃんは自分の村へ帰る日を夢見て、前を向いて生きています。彼女が難民キャンプでの生活を始めて、すでに3年になりました。
イサくんは農作物を作り、小さなお店を開いて立派に一家を支えています。今では、あのマイムナちゃんが私の目を見て「ケイタありがとう」と言ってくれるのです。私は嬉しいのと同時に、非常に勇気づけられました。
そして思いました。このような喜びと勇気をもらえるのも、この手紙を読んでくださっているあなたを始めとした皆様の温かいご支援のおかげなのだと。
あなたのご支援があれば、彼らの心の傷が癒える日まで、さらに自立に向かって歩き出せる日まで、UNHCRは物質的、精神的なサポートを続けることができるのです。
「支えることによって、支えられる。」私はこの言葉が好きです。
自分たちが難民の人々を支え、そして彼らに笑顔と希望が戻ってくると、私も勇気をもらえます。大人や子どもたちから「ケイタありがとう」と言われると、日々の辛いことも吹き飛んでしまいます。難民の人々を支援することによって、自分自身も、あなたを含めたいろいろな人々に支えられていることを実感するのです。
あなたのご支援があれば、私たちは彼らの自立をさらに力強く支えることができます。そして彼らの自立は、きっとあなたにも勇気を与えてくれると思うのです。
マイムナちゃんには幸い笑顔が戻ってきましたが、心に深い傷を負った難民の人々の全員が希望を取り戻せている訳ではありません。UNHCRは粘り強く、様々なサポートを続けていかなくてはいけません。
しかし、世界中の難民や避難民の家族を援助するためには、UNHCRの資金はまだまだ足りないのです。
例えばチャドでは、5,000円で、疲れきった難民の家族が休むためのベット代わりになるマット(敷物)をふたつ買うことができます。30,000円で、灼熱の日差しと殴りつける雨から家族を守るテントを2張買うことができます。
貴重なお時間をさいて、この手紙を読んでいただいてありがとうございます。難民の人々が緊急事態を乗り越え、自立に向けて歩みだせるよう、あなたの温かいご支援を心よりお待ちしています。
UNHCR(国連難民高等弁務官事務所)チャドゴレ事務所
アソシエート・コミュニティーサービス・オフィサー
石谷敬太
追伸: どうか今すぐのご支援をよろしくお願いいたします。あなたからのご支援を、マイムナちゃんやイサくんのような難民の家族が今日も必死に待っています。あなたや私の家族と同じような、母親や、父親や、子どもたちが、あなたのサポートを今すぐ必要としているのです。
※文中の人物名はプライバシー保護のため仮名にしてあります。
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