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避難民からスーパースターへ−あるスリランカ人シンガーの話
東スリランカのトリンコマレ地区(Trincomalee district)出身のシンガー、サシカラン(Sasiskaran)さんの顔は幸せの笑みで輝いています。この新たなスターは全国規模のタレントショーで5000人のライバルに勝って優勝したのですが、驚くべきは彼が国内避難民であったことです。
7月放送のタミル語テレビ局の番組"Shakti TV Superstar"において、27歳のサシカランさんは正規の音楽教育を全く受けていなかったにもかかわらず優勝したのです。トロフィーを持った彼は首都コロンボのいたるところに貼られたポスターから笑いかけてきますが、彼の本当の経歴を知っているスリランカ人はほとんどいません。
スリランカは25年以上、内戦の泥沼の中にあります。2006年4月からスリランカ軍と反政府勢力「タミール・イーラム解放の虎(LTTE)」の戦闘が激化して以来、特に東部と北部の住民の生活は過酷なものとなりました。
2007年2月の内戦により数千人が避難し、その中に東部のバティカロア地方の家を追われるサシカランさんとその家族もいました。サシカランさんは結婚後、妻の出身地であるバティカロアに住んでいたのです。
「砲撃が始まって逃げなければならなくなり、バティカロアの町に近い学校に避難しました。学校での避難生活はとても辛く、建物はひどい状態でしたし、周りに木々もないため暑い日でも日陰がないのです。」
歌うことはサシカランさんの子どもの頃からの夢でした。ただし単なるお遊びのつもりはなく、自分の才能に気づいていた彼は、スターになるチャンスを求めて多くのコンテストに参加しました。数々のコンテストの決勝戦まで勝ち進んだことのある彼は、"Shakti TV Superstar"に出演することになっても特段驚きはしませんでした。むしろ彼が驚いたのは、内戦と避難生活のさなかに出演までこぎつけたことでした。他の参加者同様、コンテストではサシカランさんもタミル語のインドのポピュラーソングを選びました。「学校では良い練習場所が見つからなくて困りました」と彼は話します。
「内戦のなか、第3ラウンドまでは学校からコロンボまで毎回通わなければなりませんでしたが、第3ラウンドを通過してからはコロンボに引っ越すことができて、その先へとコマを進めました」。
第6ラウンドまではSMSメッセージによる一般聴衆の投票で結果が決まりました。「票が期待できた東部の人たちは戦争でメッセージが送れない状況だったので、心配でした」とサシカランは言いました。「ファイナルでは審査員が優勝者を選ぶことになったので、ようやく自分が勝てる見込みに自信が持てました。」
彼は聴衆の応援に感謝しています。「紛争が続いていても、僕の経歴や出身地ではなくてパフォーマンスだけを評価してもらえました。それがとてもうれしいし、有難いと思っています」。
サシカランさんの歌をずっとテレビで聴いていたスリランカの若者はこう言います。「音楽の基礎知識がなくても声がいいからね。」その友達は続けて、「彼は将来優れたシンガーになる声を持っている、と審査員もコンテストの時に言ってたよ」と話してくれました。
2007年5月に東部での戦闘が終結したため、サシカランさんは数千人の国内避難民とともにバティカロア地方へ帰還しました。ようやく家族や近隣の人々とともに家での平和な生活を送ることができるのです。
「コンテストに優勝して国内避難民から人気歌手になって、僕の夢は叶いました。自分の音楽を作りたいけど、その前に音楽の勉強をしたいです。」
原文 : Sri Lankan singer rises from displaced person to superstar
ソース : UNHCR News Stories
日付 : 2007年8月27日
日本語訳 : 安部健二郎(日本UNHCR協会ボランティア)





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