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4500名以上のスリランカ国内避難民がトリンコマレ地方へ帰還
3児の母である47歳のシンガランヴェル(Singaranvel)さんは、UNHCR支給のビニールシートで作った我が家を訪れた人々をにこやかに迎えています。
彼女がにこやかなのには理由があります。内戦から避難すること16ヶ月、彼女の一家はもうすぐキリヴェティ(Kilivetti)のIDP中継センターからスリランカ東部のトリンコマレ地区へ戻るのです。IDPとは、シンガランヴェル一家のような人々、つまり難民と同じような状況に置かれながらも国境を越えずに自国内で避難生活を送る人々=国内避難民(internally displaced persons)を指す略語です。
シンガランヴェル一家の物語は2006年4月、スリランカ政府軍と反政府勢力「タミール・イーラム解放の虎(LTTE)」との戦闘を逃れ、息子3人を連れて故郷のVinayagapuram村を離れた時から始まりました。
「もうあちこち逃げ回るのは疲れました」とシンガランヴェルさんは言います。「故郷に帰りたい。こんな生活はもうやっていけません。」
過去25年間、彼女一家のようなスリランカ東部および北部に住む住民たちは、繰り返される内戦によって平和な生活を脅かされてきました。彼女の夫は1992年に農場で働いているところを武装した男達に連れ去られ、消息不明だといいます。
「もう15年以上も政府や色々なNGOに夫の居場所を尋ねましたが、誰も答えてはくれませんでした」と彼女は言い、こう続けました。「息子達は武装集団に引き込まれないよう、まだ早いのに結婚しなければなりませんでした」。キリヴェティ の中継センターにいる3900名の国内避難民は、そのほとんどが2006年4月に家を追われています。2002年の停戦により沈静化していた内戦が、トリンコマレの町で起こった爆破と衝突によって再び始まったからです。
政府は2007年3月までに東部から反政府勢力を一掃したと表明し、ムトゥール(Muttur)西部に開設した中継センターにバティカロア地方とトリンコマレ地方からの国内避難民を集めました。国内避難民の多くは3月からセンターに滞在しており、故郷が平和になり戻れる日を待っています。
2007年6月から7月にかけ、約4500人が主にバティカロア地方の国内避難民待機所からエクチラムパトゥへ帰還しました。UNHCRは再定住を支援しており、定期的に巡回して帰還者の生活状態と治安状況をチェックしています。
「言うまでもなく世界中の国内避難民や難民は我が家に帰ることを切に望んでいます」とアミン・アワドUNHCR駐スリランカ事務所代表は語りました。「避難民の一部が帰還して新たな生活を始めることができるほどに東部の状況が改善され、とてもうれしく思っています。しかし治安状況のよりいっそうの改善が不可欠です」。
中継センターでシンガランヴェル一家の隣に住んでいる5児の父親であるカリラサ(Kalirasa)さんも帰還の日を迎えた一人です。Echchilampattu地方から避難した仲間600人とともに故郷の村へ帰ります。
「国内避難民の生活はとても大変で、中継センターでの生活にはプライヴァシーはありませんでした。故郷に帰ることができてとても嬉しい」とカリラサさんは言いました。ただ一つ心配なのは、帰った後にどう家族の生活を支えていくか、ということです。
帰還民はUNHCR、ユニセフ、セーブ・ザ・チルドレンから調理器具のセット、衣類、バケツ、寝床用マットの支給を受けており、スリランカ政府も食料を支給しています。こうした支援はあるものの、カリラサさんは「もっと長期間の支援が必要なのです。逃げる時には何一つ持ち出せず、ゼロから生活を立てなおさなければならないのですから」と言います。農民である彼は、職を見つけるためには次の米の収穫時期である10月まで待たなければならないのです。
漁師だったヴァナラジャ(Vanaraja)は、6月半ば、妻と2人の子どもとともに、スリランカのNGOが寄贈した故郷の新しい家へ帰りましたが、大きな心配の種を抱えています。なんと海岸が禁漁地域に指定されていたのです。
彼は「私の小舟と網はどうなったのやら・・・まだあるのかすら分かりません」と気を揉んでいます。彼はスリランカ政府の配給食糧でしのいでいますが、漁業に戻る方がいいと考えています。
「避難民の生活よりは今の方がずっと良いですよ。でも将来の心配はまだあるし、生活を続けるためにも支援が必要なんです」
原文 : More than 4,500 Sri Lankan IDPs return home in Trincomalee district
ソース : UNHCR News Stories
日付 : 2007年8月6日
日本語訳 : 安部健二郎(国連UNHCR協会ボランティア)
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