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大虐殺から逃れ、コーヒー販売に転じた元タバコ農業経営者
グリマルド・ヘルナンデス(Grimaldo Hernandez)さんは、コロンビア北部の村でかつてプレイしたサッカーチームの写真を寂しそうに見つめながら、そこに写っている18人の若者を指してこう言いました。「このうち3人は死んで、8人は避難民になって村を出たんだ。」
エルサラド(El Salado)での懐かしくも辛かった田舎生活の思い出がよみがえりました。当時41歳だったグリマルドさんは近所でも盛んだったタバコ栽培で生計を立てながら家族を養い、週末は仲間とサッカーをして過ごしていました。
彼の生活は2000年2月のある数日間で一変しました。民兵組織がボリバル県の村を襲い、少なくとも60人もの命を奪ったのです。サッカーチームの仲間も3人犠牲になりました。グリマルドさんの家族や、多くの住民がこの襲撃から身を守るため都市部に避難しました。
都市部に避難する難民・国内避難民の数は増加しています。しかし彼らはそこで多くの新たな試練に直面し、厳しい生活を余儀なくされています。
グリマルドさんは、カリブ海沿岸にあるボリバル県の県都カルタヘナの郊外のスラム地区エルポソォン(El Pozon)に避難場所を見つけました。カルタヘナではおよそ6万もの国内避難民が登録作業を済ませており、その多くはエルポソォンのような貧困地域に住んでいます。
グリマルドさんと妻と2人の子どもたち(3人目はエルポソォンで出生)が9年前に移り住んだ当時は、水も電気も街灯も下水道さえも整っていませんでした。将来の見通しが立たない中で、グリマルドさんは仕事を見つける決意をしました。
「仕事は幾つも経験しました。金物屋で働いたり、都市部に近い農場で働いたりもしました」とグリマルドさんは思い出しながら話してくれました。しかし農場経営者の1人が彼のことを泥棒と間違え発砲した事件を思い出すと、怯えながらこう続けました。「その瞬間、思いました。ここで誤って殺されるためにあの大虐殺から逃げてきたんじゃない、と。そして農場を離れました。」
グリマルドさんは今、エルポソォンの路上で、コロンビアでティント(tinto)と呼ばれるホットカップコーヒーを販売して生活しています。人通りが非常に多いため、ティントを売るのには絶好の場所です。
グリマルドさんの収入が安定してきた頃、家の中の状況は反対に深刻化しました。「避難生活を始めて最初の2年間、当時9歳だった息子のハビエル(Javier)は怒って暴力をふるうことが多くなりました。学校でうまくいかなくて、他の子どもたちの首根を掴むことがありまして」とグリマルドさんは言いました。
ハビエルくんはエルサラドでの襲撃のトラウマに今も苦しんでいるようです。「息子は数ヶ月前、家に帰る途中でドアの前に警官が並んでいるのを見て、しばらく口が聞けなくなりました。息子には死を覚悟するほどの怖い体験だったのでしょう」と話してくれました。
16歳の娘デドリス(Dedris)さんもまた別の問題にぶつかっていました。父親がティント売りだという理由でクラスメートがデドリスさんを笑い者にしたそうです。「娘には、誠実な仕事なのだから恥じる必要はないよと言いました。でもその仕事自体が娘にとっては嫌なことはわかっています」とグリマルドさんは言いました。
都市部の生活に慣れるのは楽ではありませんが、エルポソォンでは多くの事が改善されました。今日では、家庭できれいな水や、電気、照明を使用することができます。これは地方政府の助成金で供給されたものです。グリマルドさんはティント売りで月200USドルの収入がありますが、妻のイェニス(Yenis)さんが自家製アイスキャンディーの販売を始めてからは月々30USドルの臨時収入が見込めるようになりました。
子供たちの状況もだいぶよくなりました。ハビエルくんは父親の手伝いを率先して行い、 現実的ではないかもしれませんが、デドリスさんは法律の勉強を希望しています。デドリスさんと妹のクレイディス(Greidis)ちゃんは政府の奨励プログラムでフルートや他の楽器の無料レッスンを受けています。
グリマルド家の生活は実際この10年の間に少しは良くなりましたが、グリマルド自身は体調をくずし、彼は今胆石の手術が必要な状態にあります。グリマルドさんは必然的に、今のようなビル群に囲まれた環境ではなく、本物の自然に囲まれて暮らしていた以前の、牧歌的であった日々のことを思い出しながら過ごしてきました。
2009年初め、グリマルドは妻とあの大虐殺後はじめてエルサラドに戻り、補償と和解のための国民委員会(National Commission for Reparation and Reconciliation)が主催した新旧住民の再会の集いに参加し、過去の傷を癒そうとしました。
「我々は昔の友人にまた会えた喜びで大泣きしました。嬉し泣きしました」とグリマルドさんは話してくれました。「帰り道誰かが丘から撃ってくるかもしれないと、皆心配しています。街に住む友人は、我々の方がよりいい暮らしをしていると言うのです。」
原文 : After fleeing rural massacre, former tobacco farmer sells coffee in the city
ソース : UNHCR News Stories
日付 : 2009年12月21日
日本語訳: 真次佳織、平形聡子(国連UNHCR協会ボランティア)
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