






















|
 |

HOME > UNHCRの難民援助活動 > 国連難民高等弁務官、ウガンダ北部の国内避難民のために尽力することを約束
国連難民高等弁務官、ウガンダ北部の国内避難民のために尽力することを約束
2008年3月4日、アントニオ・グテーレス国連難民高等弁務官は、ウガンダ北部の国内避難民の帰還に対し更なる支援を行なうことを約束しました。
約85万人が未だ国内避難民キャンプで暮らすウガンダ北部を訪問した際、グテーレス国連難民高等弁務官は「支援をすることは我々の義務です」と言いました。さらに、ウガンダは近隣諸国からの難民を受け入れている寛大な国であり、国際社会が団結して支援を行なうべきであると述べました。
「我々国際社会は、ウガンダ政府をいつでも支援できる体制です」と埃っぽいサッカー場に集まった何百人もの国内避難民に向けて言いました。この場所は国内避難民キャンプとして、2005年のピーク時には6万5000人が身を寄せていました。ウガンダ北部のこの地域では、約1万7000人の国内避難民が未だ避難生活を続けています。
「我々が団結して一緒に活動したら、道路、水、教育、そして医療施設を整備することは可能となるでしょう」と、ジャン=ルイ・シルツ開発協力・人道支援大臣と共にカロンゴ (Kalongo)を訪れたグテーレス国連難民高等弁務官が言いました。
ルクセンブルクはUNHCRへの1人当たりの拠出金額がずば抜けて高く、2006年と2007年で住民1人当たり25米ドルを拠出しています。グテーレス国連難民高等弁務官は、国内避難民たちに大臣を紹介する際、ルクセンブルクを「大きなハートを持った小さな国」と表現しました。
ウガンダ政府と神の抵抗軍(LRA)の20年に及ぶ紛争で、ウガンダ北部ではおよそ200万人が家を追われ、インフラ設備と公共サービスが壊滅的な打撃を受けました。スーダンで行われている和平会合の最中、この18ヶ月で約100万人がふるさとへ帰還したとされます。
滞在2日目、グテーレス国連難民高等弁務官はカロンゴにて、ウガンダとタンザニアの難民および国内避難民に対するUNHCRのプログラムを視察しました。9人の子どもの母親であるChidonia Anyiekさんに、近い将来、難民キャンプの仮住居ではなく彼女の本当の家を訪ねる事を楽しみにしている旨を伝え、 Anyiekさんは「もし和平交渉がうまくいったら、私達は家に帰れますね」と答えました。カロンゴのAnyiekさんをはじめとする国内避難民は、スーダン南部のジュバで開かれている和平会合で政府とLRA間で合意が結ばれれば、ふるさとへの帰還を考えています。
「和平合意が結ばれること、そして、保健、水、教育、ふるさとへ帰るための道路などの整備が望まれていることは明らかです。大多数のみなさんは、田畑を耕すために帰還を希望していると思います。我々はそれを支援します」とグテーレス国連難民高等弁務官は述べました。
シルツ大臣はカロンゴで国内避難民たちにこう訴えかけました。「私を他のEU26ヶ国に向けた皆さんの代表にしてください。私が皆さんの代表となれば、ウガンダ北部に平和が戻った際に皆さんの事を忘れることはありません。我々が行っている事を、他の国にもするよう働きかけます。」
3月4日午前、グテーレス国連難民高等弁務官とシルツ大臣は、ウガンダ東部にあるムランダ(Mulanda)の一時避難センターを訪問し、2007年12月の大統領選挙後に起こった暴動でウガンダへと避難してきたケニア難民と会いました。ムランダ一時避難センターには、ウガンダにいるケニア難民およそ1万2000人のうち1600人ほどがいます。
グテーレス国連難民高等弁務官はケニアが政治的に落ち着いてきている状況を歓迎し、またこれにより難民帰還に拍車がかけられることを期待し、双方にお互いを許すことと、また和解が必要であることを述べました。「正義と寛容、ふるさとへ戻り平和に暮らすためにはこの2つが必要です。国際社会は仲裁に入り、みなさんの和解に向けての努力をサポートしなければなりません。」
グテーレス氏とシルツ大臣は、ウガンダ北部アルア(Arua)からスーダン南部への難民の帰還にも立ち会います。2006年5月より始まったUNHCRの自発的帰還事業により、3万5000人がウガンダからふるさのスーダン南部とへ帰還しました。
グテーレス国連難民高等弁務官は、タンザニア滞在中世界で最も長引く避難生活の一つといわれ、1972年から国を追われ難民となっているブルンジ難民約21万8000人の苦難を終わらせるため、2ヶ年プログラムを発足させます。これは、UNHCRのアフリカ大陸で最も重要な2008年プログラムの1つとなるでしょう。
原文 : UNHCR chief vows to do more for displaced in northern Uganda
ソース : UNHCR News Stories
日付 : 2008年3月5日
日本語訳 : モンテサ絵美(国連UNHCR協会翻訳ボランティア)
|
 |