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UNHCR、ウガンダ北部で小学校134校を再建
20年におよぶ紛争が終結し、平和がもたらされたウガンダ北部にあるアワル・コック村(Awal Kok)に、6年の歳月を経てついに小学校が再建されました。またそれ以外にも多くの小学校がUNHCRの援助を受け、ふるさとのウガンダ北部で再建されました。
2002年、ウガンダ政府軍とLRA(神の抵抗軍)の紛争のために人々は家々を追われ、それに伴い教室も移動しました。しかしながら2006年の和平交渉の開始に伴い、何十万人もの国内避難民が紛争で荒廃したふるさとへ帰還し、現在では衛生、教育などのインフラや基本的サービスの整備が必要となったため、UNHCRはアワル・コックの学校を含め、グル県(Gulu)、アムル県(Amuru)、パデル県(Pader)、キトゥグム県(Kitgum)にある学校134校の再建を支援しました。
4ヶ月前の2008年2月にUNHCRのトラックが必要な備品を積んでアワル・コック小学校に到着した時、学校はひどい状態でした。平屋の建物はも抜けの殻で窓や扉はなくなり、かつて校庭であった場所はジャングルと化していました。しかしながら、生徒やその親たちは学校再建に向けUNHCRの作業に協力しました。「帰ってこられて、とても嬉しいです」とシルベスト・オクウェラ(Sylvesto Okwera)校長先生は言います。
現在、学校は見違えるように変わりました。薮は刈り込まれて窓や扉も修復され、また新たに2つの貯水槽も設置されて教室はいつでも授業が行える状態です。
「元の場所に戻り、生徒を把握しやすくなりました。避難先では6学校で建物を共有していたため、生徒が何千人もいたんです。同じような制服の学校もあったため、当校の生徒かどうかも分からず、規律を維持するのも大変でした」とシルベスト校長先生が言いました。
混乱の続く中、何万もの市民が犠牲になりました。約200万人の人々がふるさとを追われ、シェルター(仮設住居)へ身を寄せ国内避難民となり、そこで村の学校を再開しました。アワル・コック小学校もその一つです。
治安の安定に伴い、ふるさとへの帰還を希望する人は多く、基本的サービスの復旧が望まれますが、地方自治体の多くは資金難のため、UNHCRのような人道支援組織に援助を求めています。「学校移転の希望が避難所で暮らす人々から出されたので、我々は自治体の役人と話し合いを進めました」と、UNHCRグル・サブオフィスのシセ・クリステンセン(Sisse Kristensen)コミュニティ・サービス・オフィサーは言いました。
パデル県のオグタ(Oguta)小学校もまた、落ち着かない避難民キャンプから小高い丘の上のふるさとへと戻りました。2003年、10km離れたパジュレ(Pajulle)に避難した時には、他の小学校15校と建物を共同で使わなければなりませんでした。
「現在の環境は、学校のあるべき姿です。ここは静かで勉強に集中できます」とワシントン・ラゴロ(Washington Lagoro)校長先生は言います。「ここが好き。だって避難民キャンプと違って家に近いし、校庭も広いから」とヴィッキー・アペヨ(Vicky Apeyo)ちゃんは言いました。他の子どもたちと同様に彼女にも将来の夢があります。「大きくなったら洋服屋さんになりたい。夢を実現するには勉強しなくちゃ。」
基本的インフラの整備など課題はいくつかありますが、荒廃したふるさとでの学校再開は喜ばしいニュースです。教師用の宿泊施設を設営するなど、地域社会でも歓迎されています。
原文 : UNHCR restores 134 primary schools in northern Uganda
ソース : UNHCR News Stories
日付 : 2008年6月23日
日本語訳 : モンテサ絵美(国連UNHCR協会翻訳ボランティア)
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