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タンザニア/荒木裕子 レポート
荒木裕子UNHCR資金調達・上級関係調整官より、タンザニアとブルンジからのレポートが届きました。荒木調整官は、6月29日から7月5日まで、UNHCR帰還民支援プロジェクトの視察のため両国を訪問しました。

タンザニア西部では、長年にわたり多くのブルンジ難民が避難生活を続けていますがブルンジの状況が安定したことにより、多くの難民がふるさとへと帰還しています。
ブルンジ難民には大きく分けて2つのグループがあります。まず1つ目のグループは、紛争のため1972年に逃れてきた人々で、現在21万人に上ります。ブルンジ人はその勤勉性で知られています。彼らは当時のタンザニア大統領ニェレレから与えられた広大な土地を耕し、1985年以降、国際支援に頼ることなく、自給自足の生活を営んでいます。このグループの難民には、タンザニアへの帰化かブルンジへの帰還という2つの選択肢が与えられていますが、多くがタンザニアで生活していくことを選んでいます。
2つ目のグループは、紛争のため1993年に逃れてきた人々で、6万8800人に上ります。このグループの難民はキャンプ生活を強いられ、国際社会からの支援に頼らざるを得ず、1972年に逃れてきたブルンジ難民とは対照的でした。 |
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難民の子どもたちと写る筆者 |
ブルンジ難民の帰還の様子を私たちは視察しました。バスに荷物を詰め込み、隣人に別れの挨拶をする帰還民。私は、メキシコからのグアテマラ帰還民、パキスタンからのアフガン帰還民、スーダン南部の帰還民と働く機会にめぐまれましたが、いつも『ふるさとに帰る』ということで帰還民の人々は何を思っているのだろう、と思います。長く祖国を離れた後の帰還。喜びだけではなく不安そして感傷も入り混じっているのではないでしょうか。
ブルンジ国内のUNHCRの移送センターにおいて、帰還民は毛布などの様々な帰還支援物資と1人当たり約50USドルに相当する現金を受け取ります。そのセンターでは106歳になる帰還民のおじいさんに出会うことができました。満面の笑顔でふるさとへの帰還を喜んでいる姿は非常に印象的でした。
帰還後の生活は必ずしも簡単なことではありません。特に1972年から避難生活を続け、36年間もブルンジから離れていた人々にとってはなおさらです。ブルンジの経済は農業が主な産業であるため、帰還民はまず土地を得なくてはなりませんが、難民の土地の多くは他のブルンジ人に既に使われています。ブルンジ政府は土地の係争を仲裁する委員会を設立し、UNHCRは仲裁がスムーズに行われるよう、支援を行っています。
現場から離れ、ジュネーブで2年近くデスクワークをしていた私にとって、今回の視察は、なぜ自分はUNHCRで働いているのか、ということを思い起こさせてくれるものとなりました。 |
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タンザニアから帰還し、ブルンジでの暮らしを再スタートする老人
タンザニアから、祖国ブルンジへ戻れることを皆で喜ぶ |
注 : タンザニアでは、ブルンジ難民の他にコンゴ民主共和国の難民9万人も避難生活を強いられています。
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