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歓喜に沸く帰還の旅路(UNHCRジュバ事務所からの報告)

曲がりくねった道を進み、ナイル川を臨む国境地帯を抜け、土ぼこりをあげながら、トラックは加速しました。乗客である、ふるさと・スーダン南部に帰る人々は、ついに到着する期待感で息をのんでいます。国境近くの町、ニムレ(Nimule) にはUNHCRが設置した一時滞在センターがあります。帰還民の中には、20年ぶりにこの町へ戻る人々もいます。一行が一時滞在センターに到着した時、興奮した若者たちがトラックを飛び出しました。若者の多くがウガンダの難民キャンプで生まれたため、今回初めてスーダンの地を踏んだのでした。

「これが、僕たちが夢に見たスーダンなんだ!」。ウガンダ生まれの16歳、ニェコ(Nyeko)さんは、ニムレに広がる景色を見て回りながら大声で叫びました。

「ついにふるさとへ戻ってきたんだ」。同じく国外の難民キャンプで生まれたオケロ(Okello)さんが、深く息をつきながら応じました。彼らは、残りの人生を過ごすことになるであろう、この新しい環境で、これからどうやっていくかを言い合いながら、興奮と歓喜のなか手を取り合っていました。

ニムレを経由するふるさとへの帰還事業は2007年8月に始まりましたが、2008年1月になって、ようやくこの道がウガンダからの帰還民にとって主要な道となりました。ニムレ一時滞在センターを通って、帰還民はスーダン・マグウィ郡にあるそれぞれのふるさとへと向かいます。ケニアのカクマ難民キャンプから人々が帰る場合は、主にカポエタを通る道を使います。

帰還民たちが南スーダンでの生活を新しくスタートすることは容易ではありません。何もないところから始め、生活必需品の入手も非常に困難な状態にありますが、UNHCRはこの難問の解決に向けて懸命に努力しています。また、限られた物資の中で、健康・教育・農業・生計の面を保証する人々の基本的なニーズに何とか応えようと尽力しています。

ジュバとニムレをつなぐ道路から30マイルほど離れたAru Junctionでは、421世帯が再生活をスタートしたところです。新しい暮らしは順風満帆ではありませんが、村の役人 ビクター・ジャコブ(Victor Jacob)さん(45歳)は自信に満ちています。「我々には農作物の種と農具、いくらかの食糧があれば大丈夫だ。食糧を自給するために神がもたらしてくれる雨の一粒も決して無駄にはしない」と言います。

「もし雨が定期的に降れば、あと数ヶ月で飢えを解消できる」と上半身汗びっしょりで土を掘り返しながらブニ(Vuni)さんは豪語します。彼は毎日6時間、休むことなく土地を耕しているのだと言います。

UNHCRは、独自のプログラムとともに、FAO(国際連合食糧農業機関)からの支援を通じ、農作物の種と農具を定住支援活動の一環として帰還民に配布しています。

キト・ボマ(Kit Boma)では、複数の部族からなるおよそ1万7千人の帰還民がUNHCRの支援を通じて再定住を始めました。多くの家族が協力体制で農作業を進めています。「何があろうと、我々はもう援助に頼りたくない」と村長のセレリノ・ワニ(Celerino Wani)さん(50歳)は言いました。そして、援助に頼ることで地元に充分な農作物を育てるための土地活用の主導権を損なう恐れがある、と付け加えました。

ロア・ボマ(Loa Boma) はもっとも成功している帰還民の村の一つです。UNHCRの支援のもと、帰還を果たした6千人ほどの人々は活気づいています。ここでは、急場をしのぐために配布されたビニールシートに代わって、アフリカの村の様子を特徴づける伝統的なキノコ型をした草葺の家がたてられています。この地域の青年団長であり、代々この地で暮らしているマーク・タバン(Mark Taban)さん(36歳)は3人の妻と10人の子どもを持ち、ロア・ボマの人々で商売を行っている中でも最も成功している商人の一人です。村でもひときわ目立つ彼のお店には、塩・砂糖・小麦粉・飲料品、石鹸といった品物に加え、ウガンダから持ち込んだビールも売られています。一方、地元の小さな市場も、野菜や魚などの食料品を売る女性たちで再び賑いをみせています。

ムガレ・パヤム(Mugale Payam)では、帰還民たちが自力で教育の普及に着手しています。ここでは地元の資材を利用して作られた簡易住居や木陰を教室として利用しています。「一番の問題は、雨が降ってきたとき授業を中断して、子どもたちが家に走り帰らなければならないことです」と、キャサリン・オンドア(Catherine Ondoa)さん(35歳)は現状を知ってもらおうと声高に主張します。また、ここには500人を超える住人のための医療センターがあり、UNHCRと政府機関に対して医療面でのサポートを求める訴えをこのコミュニティでは始めました。

復興を目指すコミュニティでは、治安の問題や粗末な道路設備、水の供給や医療・教育に関わる施設やサービスの不足といった課題があります。それでも、スーダン南北包括和平合意(CPS)によってもたらされた着実な進展は、ふるさとへ戻った人々に対し、継続的な帰還と平和への期待を与えているのです。

2008年8月の第一週には、69人(19世帯)がケニアのカクマ難民キャンプからスーダン南部の東エクアトリアに帰りました。これにより、2008年にUNHCRの支援をうけて帰還した人々は6万299人になり、UNHCRが自発的帰還プログラムを開始した2005年12月から数えると13万7253人にのぼります。


吉田典古 UNHCRジュバ事務所 所長からの報告
2005年終わりに帰還支援活動が始まってから、帰還民の人数は毎年増えています。写真から分かるように、UNHCRは移動手段(トラック、バス、飛行機)を提供し、帰還した人々に食糧以外の支援物資や食糧・農作物の種・農具を提供しています。帰還民たちは、生活の基礎となる設備やサービスがほとんど整っていない地域に戻っています。それなのにどうして帰ろうとするのか、と私が尋ねたとき「なぜならここが私のふるさとだからです」と、彼らはただそう答えたのでした。

ナビ ふるさとへの帰還(フォトギャラリー)も合わせてご覧ください。
日付 : 2008年10月7日
日本語訳 : 田中千香子(国連UNHCR協会翻訳ボランティア)

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