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国外在住のソマリア人、プントランド再建の為にふるさとに帰国
数十年前に祖国ソマリアを離れた両親と共に、初めてソマリアに来た日の夜、ヒボ(Hibo)さんは星を眺めて過ごしました。「たくさんの流れ星を見ました。守衛さんにソマリアの夜空の星を誉めたところ、彼は笑ってそれらは軍の銃撃の玉だよ、と教えてくれたのです」と振り返りました。
アラブ首長国連邦育ちの彼女にとって、それは大変がっかりさせられた出来事でしたが、ソマリアの再建に役立ちたいという、彼女の決意は揺らぎませんでした。大学を卒業したヒボさんのように、技術を持った在外ソマリア人が、比較的安定しているソマリア・プントランド(Puntland)地方のガルカヨ(Galkayo)に戻ってくるケースが増えてきています。ガルカヨでは、ソマリア内戦で行き場を失った約5万人の人々が暮らしています。
ソマリアに帰国した人々の人数は正式には分かりませんが、多くの人々が地元組織や国際NGOで活動したり、自ら組織を立ち上げるために帰国してきているといいます。「彼らが地元のNGOにもたらしたプロ意識はすばらしいものがあります」と、ガルカヨで活動する職員が絶賛しています。年配の人々が定住の為に戻って来るのに対し、ヒボさんのような教育を受けた若者の場合は、両親から話を聞いて祖国のために何かしてみようと一時帰国をする傾向があるようです。ヒボさんは、UNHCRの援助を受ける地域の女性を支援するNGOで数ヶ月ほど働く予定です。
ガルカヨは2001年頃に始まったソマリア内戦の発端となり、壊滅状態の首都モガディシュからおよそ700キロ北に位置します。ソマリア南部及び中部が未だに内戦状態にあるのに対し、プントランド地方は落ち着いています。2007年、UNHCRはイエメンで避難生活を送っていたソマリア人105人のソマリア・プントランド地方への帰還を支援しました。
両親から聞いてきた昔のソマリアと現在とでは全く違うことを知り、この取り残されてしまった人々を支援する義務を感じています。ヒボさんは次のように語ります。「ソマリアの女性たちは内戦により権利を奪われ、若いうちに結婚する以外、道がなくなってしまっていますが、私は勉強することができました。仲間たちみんなが勉強して良い仕事に就くか、もしくは家庭に入った場合は子供たちの勉強をみれるよう、私は役立ちたいのです。」
ソマリアに帰国した人々は、ガルカヨのNGOに大きく貢献しています。イタリアに40年暮らし、数年前帰国したアブディ・アブドュルカディリ(Abdi Abdulkadir)さんは、プントランド地方唯一の産婦人科専門クリニックである、ガルカヨメディカルセンターを設立しました。「私が受けた恩恵を祖国ソマリアの再建のために返さなくてはならないと考え帰国しました」と1960年代にWHO(世界保健機関)の奨学金を得てイタリアに渡った、この医師は言います。
ソマリアへの帰国は大きな挑戦です。「ソマリアは、イタリアで開業するのとは全くわけが違います。まともな医療設備も機器もなく、医薬品も人員も不足しています。」しかしながら、彼が直面する大きな違いは女性の生活です。ソマリアの女性の大多数は、古い慣わしである性器切除を強いられており、その結果かかる病気で出産が困難になる女性の多さに、彼は頭を抱えています。
アブドュルカディリさんは、避難先で開業できない、技術を持った在外ソマリア人が多数いると指摘します。「プントランド地方が平和であり、人材として必要とされているのでソマリアに帰国するよう、皆に訴えなければなりません。」そしてより多くのソマリア人が帰国してくると彼は予想しています。「国外でも彼等は民族意識を持ち、ソマリア人の仲間と連絡を取り合っているのです。彼等は戻ってきますよ。」
ソーシャルワーカーのザハラ(Zahara)さんは、アブドュルカディリさんに診療所の仕事を手伝うよう説得され、帰国したうちの一人です。「私がスイスからここに来たのは、ヨーロッパに居るよりも私が必要とされていると思い、また戦争しか知らない若い世代のソマリア人を助けたいと思ったからです。外の世界を知る人から、学校に行き、秩序を守った平和な、戦争のない人生もあるのだということを教えてもらう必要があるのです」と言います。
ザハラさんは国外から帰還するソマリア人が、ソマリアの安定のカギを握ると確信しています。「国内に残っていた人々は、銃なしでは平和はあり得ないと信じきっています。しかし、世界とは何かを知っている、ソマリア再建のために帰国した人々が、この国に平和をもたらすことができるのです」と。
原文 : Expatriate Somalis return to help rebuild Puntland
日付 : 2008年2月8日
日本語訳 : 安田万里、園田あや(国連UNHCR協会翻訳ボランティア)
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