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HOME > UNHCRの援助活動 > UNHCRゴマ事務所 所長 米川正子 レポート

コンゴ民主共和国/米川正子 レポート

米川正子UNHCRゴマ事務所長は、2008年7月半ばでコンゴ民主共和国での任期を終えるにあたり、次のような手記を寄せてくれました。

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皆さま
UNHCRゴマ事務所長としての私の任期は7月半ばで終了します。実はこの国には、過去10年間にUNHCR職員として4回勤務したことになります。私にとってこれほど縁の深い国となったコンゴ民主共和国の状況をより多くの日本の皆さまに知っていただき、応援していただきたいと願っています。

UNHCR職員として4回勤務

米川正子UNHCRゴマ事務所所長1998年当時、私はUNHCR巡回フィールド担当官としてアフリカ各地に出張し、コンゴ民主共和国にも2ヶ月滞在しました。ちょうど休暇で出国した2日後に第2次コンゴ戦争が始まり、その時は戻ることができませんでした。

翌年、再びコンゴ民主共和国に出張し、アンゴラ難民のために新たに難民キャンプを設営する仕事に従事しました。そのまま2000年にかけて11ヶ月間滞在し、その間に緒方貞子国連難民高等弁務官(当時)の現地訪問にも立ち会いました。

2001年12月には首都キンシャサにフィールド担当官として赴任し、2003年6月、コンゴ民主共和国で避難生活を送っていたアンゴラ難民が故郷に帰り始めたのを見届けるところまで、その任に当たりました。

4回目の今回は、2007年3月に、ルワンダと国境を接する東部にあるUNHCRゴマ事務所に着任しました。1998年以降は紛争が絶えず、ゴマのある北キブ州で約85万人、約5人に一人が避難生活を強いられています。その約9割が親戚や知人の家に身を寄せていましたが、2007年8月頃から国内避難民が急増し、対応に追われる日々が続きました。学校や教会などの公共施設に住む人が増えたため、9月に新学期が始まるにあたって、学校や教会に避難していた人々のために避難民キャンプを設営しました。今年は、元サッカー日本代表の中田英寿氏の訪問に立ち会うことになりました。

周辺国を巻き込んだ地域紛争

イメージコンゴ民主共和国は、面積ではアフリカで3番目、人口は4番目で、アフリカのほぼ中央に位置し、9カ国に囲まれていますが、その内7カ国は紛争中もしくは過去に紛争のあった国です。

ルワンダと国境を接する東部では、1994年のルワンダ大虐殺の影響から各派閥間の対立が悪化し、96年の第1次コンゴ戦争と98年の第2次コンゴ戦争の際に多くの外国武装グループが国内に入って来ました。今では約40もの国内武装グループに加えて、ルワンダ、ブルンジ、ウガンダ、スーダン、中央アフリカ共和国、チャドといった外国武装グループも存在し、武器の不法売買や土地の争いが絶えません。1998年以降、540万人もの人々が、暴力、病気、飢え等によって命を落としたと言われています。この数は第2次世界大戦以降、最悪と言われています。

2008年1月の北キブ州と南キブ州の和平会議の結果、武装グループ間で停戦が実現しましたが、状況に改善は見られません。南北のキブ州全体で約160万人が避難生活を強いられているだけでなく、コンゴ民主共和国からザンビア、タンザニア、ウガンダ、ルワンダ、ブルンジに避難している難民が約33万人、アンゴラとルワンダからコンゴ民主共和国に逃げて来ている難民は約18万人存在します。

イメージ支援の難しさ

ゴマ事務所長として取り組んだ避難民への支援には、独特の難しさがありました。自国の中で政府の保護下にある避難民は「自国の保護を受けられない」難民とは異なるのです。避難民が安全に暮らせるキャンプを設置するための場所選定は、政府の対応が遅いことに加えて、近くにコンゴ軍や反政府勢力が駐留する軍事ゾーンや国立公園の存在もあり、非常に難しい問題でした。また避難民は、70%以上が親戚や知人宅に身を寄せ、少しでも状況が回復すれば元の居住地に戻るために同じ場所に長く留まるわけではなく、避難民の登録や避難民キャンプでの支援計画や対象についても多くの問題に直面しました。

イメージところで、避難民への支援は、支援分野ごとに中心となる国連機関を決めた上で協力し合う方式で進められます。新しい試みであるため、各機関どうしの調整に費やす会議やフィールド査察が多く、より効率的にすすめるさらなる努力が必要です。

市民の権利が守られない状況を少しでも改善するため、UNHCRは政府、市民団体、武装グループなどを対象として、人権や難民保護に関する啓発活動に力を入れて来ました。幸い評判が良く、このような地道な努力を続けて行くこともUNHCRの大切な役割なのだと考えています。

この国の魅力

イメージいずれにせよ、この国を知れば知るほど、皮肉にも「平和」以外なら何でもある国であることがよく分かります。まず、多くの鉱物、天然ガス、石油といった資源があり、そのために国内外の武装グループや外国企業を引き付け、いつまでも紛争が続いています。めずらしい野生動物、熱帯雨林、火山、湖、アマゾン河やナイル河に比する大河であるコンゴ河など、豊かな自然環境にも恵まれています。ヴィルンガ国立公園はアフリカで最も古く1925年に国立公園に指定されています。

コンゴ河にかかる美しい吊橋であるマタディ橋は、1973年に日本の援助で完成し、1984年には当時の皇太子・同妃両殿下が公式訪問された時に立ち寄られています。火山観測所には、東北大学から専門家が来ています。

人が好くホスピタリティにあふれた国民性で、多くの難民を寛大に受け入れて来ましたが、一方で多くの外国勢力も受け入れてしまったと言えるのかもしれません。

人材育成のために日本ができること

イメージこれから彼らが困難を乗り越えて自立した平和な社会を築くことができるように、もっと人材育成に力を入れた支援ができればと思っています。例えば、相手を敵視せずに尊厳を持って接することを「柔道」を通して伝える、共に力を合わせるチームワークを「駅伝」を通して伝えるといった日本ならではの援助の形があるのではないでしょうか。あるいはビジネスとして、健康に良い食事を指導する料理教室を現地で開く日本企業があっても良いと思います。

コンゴ民主共和国に私はとても愛着を感じています。UNHCRを通して少しでもコンゴ民主共和国を知ってくださった多くの皆さんが、この国にもっと興味を持っていただければ幸いです。

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