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HOME > UNHCRの難民援助活動 > アスファルトで穀物は栽培できない : 都市で苦悶するコロンビア国内避難民

アスファルトで穀物は栽培できない:都市で苦悶するコロンビア国内避難民

メデリンの貧民街でUNHCRの車輌の横で立ち尽くすコロンビアの少年。家族とともに田舎から都市部へ避難してきたが、ここでの生活も苦しいものとなっている。ルス マリア(Luz Maria)さんは緑豊かなコロンビアの農村に生まれ育ちました。彼女と彼女の夫のブランドン(Brandon)さんは10年前に非正規武装組織がこの村に攻め入って来た時も、自分たちのこの田舎での暮らしを保とうと懸命に戦いました。

しかし、多くの民族がこれまで戦いに挑み挫折してきたのと同様に彼らも戦いに敗れました。2002年、ルス マリアさんとブランドンさんはコロンビア北西部のメデリン(Medellín)へと避難しましたが、そこでは厳しい都市生活が待ち受けていました。現在、300万人以上いるコロンビアの国内避難民のうち約80パーセントが町や都市で生活しています。

アンティオキア県の奥地での生活は決して楽なものではありませんでした。しかしそこはルス マリアさん、ブランドンさん、そして5人の子どもたちにとってはふるさとであり、果物や野菜を育て、鶏や牛を飼育して十分な生活をしていました。

しかしある日、非正規武装組織の現地女性指令官が彼らに立ち去るよう要求しました。それはその後2年間にわたる脅迫の始まりでした。そして2002年ルス マリアさんの子どもたちが直接脅されたときに終わりを告げることとなりました。

「私たちはわかっていました。いつかはこの農場を出て行かざるを得なくなることを。でも、わたしたちはこの地で育ちこの田舎での生活を愛していたのです」とルス マリアさんはメデリンから電話でUNHCR職員に言いました。「私たちにとって最も大きな問題はどこに行くべきかわからないこと、私たちが持っているものすべてを置いていかなくてはならないことでした。」

彼らはアンティオキア県の県都メデリンに向かいました。最終的に落ち着いた先は、1万2500人以上の人々が住む郊外の貧民街で、ここに身を置く人の大半が強制退去を余儀なくされた人々でした。木の枝、プラスチック、亜鉛板を寄せ集めて作られた家に住み、きれいな水、診療所、電気といった基本的なサービスはありません。

生活は厳しく、何年たっても改善されることはありませんでした。多くの問題が次々に起こりました。「都市への移住は劇的な変化でした」とルス マリアさんは言いました。「ここはコンクリートジャングル。アスファルトで穀物の栽培はできないのです。」

近隣区域での治安の悪さもまたルス マリアさんを悩ませています。「近くに非正規武装組織がいなくなったからといって安心できるわけではありません」。彼女はさらにこう言いました。「一瞬たりとも一人で出かけたくありません。いつ襲われるかわからない。ここでは子どもたちは昔の農場でのように自由に走りまわることができません。十代の若者たちの間には薬物もはびこっていますし. . . 子どもたちが強盗やさらにひどいめにあわないか心配です。先週も小さな女の子が殺されていました . . . 」

彼女が最も心配しているのは21歳の娘サラさんの安全です。サラさんはわずかながら家計を助けるため保育所で働いており、将来は教師になりたいと望んでいます。「でもこの区域の人はサラを高慢ちきだと思っています。彼らはそういう女の子を貶めるためにはどんなことでもするでしょう。」

一方ブランドンさんは徐々に視力を失いつつあります。仕事を見つけるのはますます困難になってきており、その結果家族を十分に養えないことにいらだちを感じています。

しかしこのような苦しみに直面しているにもかかわらず、ルス マリアさんは常に前向きに考え、家族の状況を向上させるよう懸命に働いています。UNHCRが彼女のような避難民の自立を助けるため立ち上げた就業支援プログラムにも参加しています。UNHCRも現地当局と共に国内避難民が地元コミュニティに溶け込めるよう働きかけています。

UNHCRのプログラムによって、ルス マリアさんはヘアスタイリングの技術を習得し、現在は自宅の一室で “スタイルとイメージ(Style and Image)” という名の美容室を経営しています。 「ほとんどもうかりません」とルス マリアさんは言いますが、何もないよりましなのです。そのほかにもカスタード入りクッキーを焼いて、ブランドンさんにメデリンの富裕層地域に売りに行ってもらっています。

彼女は自らが手本となって家族の気持ちを支えてきました。しかしかつての生活に戻るという本当の望みはあきらめました。彼女はこう明かしました。「私たちの土地は荒れ果てました。かつて肥沃な大地だった土地は今雑草が生い茂り雑木林でしかありません。元に戻すには約1500万ペソ(約7000USドル)必要でしょう。あそこでの生活は十分なものでした。今は私たちに与えられたここでの生活に身を委ねる他ないのです。」

原文 : UNHCR - You can’t grow crops in asphalt: displaced Colombians struggle in the city
ソース : UNHCR News Stories
日付 : 2010年1月11日
日本語訳: 平形聡子、真次佳織(国連UNHCR協会ボランティア)

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